可愛いペットは心の癒しになってくれる存在。しかし、すべての人にとって、本当にそうなのだろうか?

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これは新聞に載ったニュースというわけでもなく、ただ、私の親友の身近で起こった出来事にすぎません。ただ、この話を友人から聞いた時、物事というのは本当に一つの判断基準だけで決めるのは難しいと痛感したのを憶えています。言うならば、価値観とでも呼べるものは、けして広い世間に「これが絶対に正しい」といえるものは存在しないのかもしれません。

私の親友のご主人はいわゆる「転勤族」で、新婚当初からもうかれこれ十数年の間、関東と北九州を行ったり来たりしています。当然、妻である彼女も夫について、各地を巡ることになりました。この体験談は関東の郊外のとあるマンションに友人夫妻が暮らしていた頃の出来事です。そのマンションでは、当時、「犬猫などのペット類を飼うこと」を許可していました。友人は子ども時代から猫を飼っていて、「できれば飼いたいわ」と言っていましたが、やはり狭いマンション暮らしではペットの世話も思うようにできなから無理だと我慢しているようでした。

友人が引っ越して一年ほど経過したある日、同じマンション内に住む一人の老婦人がマンションの自治会にこんな訴えをしました。「私は犬が昔から苦手なのよ。今までずっと我慢してきたけど、このマンションでは部屋を出て廊下を移動する時、犬にリードをつけて歩かせている人が多いわ。私はすれ違う度に、犬に怯えなければならないの、何とかして貰えないかしら」。流石に犬を廊下で放し飼いにする人はいませんが、マンション内を移動する際、リードをつけて犬をある程度、自由に歩かせている住人が多いとのことでした。

彼女は言った。「犬を怖いと思う人間だっているのよ。犬好きの人には判らないのね」

実はあまり良い印象を持たれないのは承知で告白しますが、私自身も犬が苦手です。誤解しないで頂きたいのですが、けして嫌いではないのです。ただ小学生の頃、仲の良かった子が飼い犬に噛まれて何針も縫う大怪我をしたり、私自身が登校中に犬に追いかけられ泣いて帰った経験があり、トラウマができてしまいました。犬を見て、可愛いなとその愛らしさに微笑むことはあっても、現実として間近に犬が来ると、逃げ出したい衝動に駆られてしまうのです。

彼女の懸命な嘆願により、マンションの自治会では何度も話し合いが持たれました。愛犬家は結構多く、役員を務めている人たちの中にも犬を飼っている人はいました。彼等は皆、マンション内を移動する際はリードを付けた状態で犬を平然と歩かせていました。今まで家族と同様に大切に思ってきた自分の犬をまさか、恐怖の対象して見ている隣人がいるとは考えもしなかったのです。

野放しならともかく繋いでいるのだから、そこまで制限される筋合いではない―怒り出した飼い主も出現

話し合いは延々と続きました。当然ながら、様々な意見が提出されました。中には「廊下を歩いている時、我々は犬をちゃんと繋いでいる。野放しにしているのなら苦情を言われても仕方ないが、繋いでいるのに、そこまで制限する権利がAさんにあるのか? それでは、我々はAさん一人のために、犬を部屋の外に出してやることもできないのか?」と怒り出す人もいたそうです。そして、マンションのすべての住人に調査したところ、この飼い主のような「そこまで制約される憶えはない」と反応は人それぞれにせよ、Aさんが単なる我が儘を言っているだけであり、自分勝手な他人を顧みない言動だと言う人が多かったのです。

しかしながら、果たして、本当にその他大勢の飼い主の主張は正しいのでしょうか? 友人から話を聞いた時、私は疑問に思いました。マンションの廊下といえば、いわゆる「公道」のようなもので、けして私道ではありません。これは法律的な意味ではなく、そのマンションという一つの住世界に暮らす人々にとっての「公道」であるということです。つまり、マンションに暮らす人全員が通る天下の往来であるわけです。そのような「公道」を歩く時、犬を繋いだ状態であったにせよ、犬に近寄られただけで恐怖を来すという人がいるのなら、それは「繋いでいるから、それ以上のことをする必要はない」というのは間違いであるような気がしたのです。

もちろん、犬に罪はありません。Aさんとすれ違う時、仮に向こうから歩いてきた人が連れていた犬がしっぽを振ってAさんにじゃれようとしたならば、犬自身はAさんに親愛の情を示しているだけで、害をなそうとしているではありません。でも、犬の苦手な人、生理的にどうしても受け付けない人には、犬がAさんの恐怖を理解できないのと同様、犬が親愛の情を示しているのでなく、威嚇している、あるいは飛びかかってくるのではないかと怖くてたまらないのです。

結論がなかなか出ない中、ある男性が示した打開策とは?

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議論は白熱したまま、なかなか結論というか、これといった解決策が出ずに時間だけがすぎていきました。やはり飼い主たちは「Aさんの我が儘に我々が素直に従う必要はない」と、大方は「マンション内で特に新たに規制を設けなくて良い」という意見が圧倒的でした。そんな中で、ある一人の中年男性が初めて意見を出したそうです。普段は役員をしていても、滅多に意見を言わない人の発言に皆、驚きました。彼はこう言いました。

「マンションの廊下は個人ではなく皆のものだから、Aさんの主張は正しい」

その男性の言い分は「マンションの廊下は私的な空間ではなく、公の場所だから、Aさんの要望は筋が通っている」。すると、別の女性も控えめに援護に立ちました。「私たちは犬が好きで飼っているけれど、住人の中にはきっと口に出さないだけで、Aさんのように犬を怖いと思う人も他にいるはずです。私たちももっと他の人たちのことを考えるべきではないでしょうか?」。更に別の意見が出て「それでは、犬を部屋の外に出すときは、連れて歩く飼い主が抱っこしてはどうだろうか?」。

結局、その話し合いで結論が出ました。マンション内には新たに規約が設けられ、「犬を部屋の外に出すときは、たとえ繋いでいても飼い主が抱いて移動すること」となりました。以後、このマンションでは、愛犬を連れて廊下を歩くときはリードで繋いで犬を自由にさせるのではなく、飼い主が抱っこして歩くようになりました。Aさんもこの結果に満足し、「気持ちを理解して頂いて、ありがとうございます」と礼を述べられたといいます。また、「これまでは犬を連れて歩いている人が向こうから歩いてきただけで、引き返したい気持ちになったけど、これからは大丈夫だと思います」。そうも言われました。

大切なことは「皆が快適に暮らせる」こと。

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ここまで話を聞いた時、私は知らず安堵の溜息を漏らしていました。犬が苦手な私にはAさんの気持ちがよく理解できたからです。私自身、自宅付近でよく飼い犬を放し飼いにされている飼い主に遭遇します。ご自身が散歩につれてゆくのが面倒なため、犬を放して好き勝手にさせているのです。それが飼い主の自宅や庭なら何の問題もないのですが、やはり公道である道路では止めて欲しいと常々思っています。

世界の人すべてが犬好き、動物好きであれば、何ら問題はないのですが、そうとばかりもいかないのが現実です。私が思うのは、いちばん大切なのは、すべての人がそれぞれの暮らす場所で―例えば、Aさんならば、Aさんの暮らすマンションという世界で気持ちよく暮らせることではないかと思います。その場合、犬好きの人だけ、犬が苦手な人だけ、どちらかが一方的に我慢するのではなく、互いの気持ちや立場を理解し合い、少しずつ譲り合う必要があるでしょう。

これは大変に意見が分かれるといいますか、判断を下すのが難しい問題であると思います。ただ、この話を通して、私は大切なことを学びました。人は普段は自分自身の物の見方、考え方だけで物事を判断しがちですが、やはり、自分以外にも様々な見方、考え方があるのだということを忘れないでいたいものだと改めて思った次第です。「常識」はけして一つではないのだと。

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フリーライター。ウェブ小説を書いています。2013年、「歴史浪漫文学賞」において最終選考通過。入賞候補作品「雪中花~とりかえばや異聞」書籍化。洋の東西を問わず、歴史が大好き。自称【歴女】です。韓流時代劇に夢中。そのほかにも美容・天然石アクセサリー作りなどに興味があります。
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