記事提供:長谷川豊 公式ブログ

前回のブログ「先日あった話をします」の続きの話をさせてください。

前回のブログには、本当に大きな反響をいただきました。方々で多くの方にシェアしていただき、私も被害者の方やそのご家族に何らかのお力になれたのではないかと、嬉しく思っています。

そして、嬉しいついでに、報告です。

去る今週の月曜日(24日)、例の裁判の第2回公判が行われました。もうすでに大阪の方々はニュースでご存じでしょう。全国の皆様方にお伝えしておこうと思います。

裁判は、冒頭より検察側から「訴因変更を含む再調査のための時間が欲しい」との要望が出ました。

「訴因変更(そいんへんこう)」

分かり易く言いますね。

検察は、あのふざけた暴走車の事故を、「加害者側のただのミス」として立件しました。警察が「危険運転過失致死」に該当する、として送検したものを。

しかし、世間の声が許しませんでした。

ニュースでも関西を中心に大きく取り扱われ、多くの怒りの声が上がりました。ご遺族のお母様やご友人も、署名活動を行い、こんな裁判は許せない!と声を挙げました。なんと13万人もの大変な数の署名が集まりました。その結果…検察が「危険運転致死傷罪」でもう一度立件できないか、調査する、と裁判の延期を申し入れたわけです。きっと多くの方々の署名も、効果があったのでしょう。

この裁判は、「やり直し」ということです。

今回の件とは別に、一言言いたいことがあります。

裁判所や法曹関係者は、いつも言い訳だけはうまい。連中はいつも言います。

「我々法律家は『被害者側ではなく、加害者側の更生も考えなければいけない』のです」

もう、なんど耳にしたか分からない、大マヌケの言い訳です。今の日本の裁判が、あまりにも「被害者軽視、加害者擁護」と言われる所以(ゆえん)です。

でもこの認識は完全に間違っています。法曹関係者は、社会のために生きているのです。正確に言うと、我々国民や市民は、全員がちょっとずつ「みんなの安全や安心のため」に生きているのです。

そのためには、裁判所がまず考えなければいけないのは「この裁定を下したことによって、社会的にどのような影響が出るのか」ということなのです。

罪は裁かなければいけない。でなければ、新たな、未来の罪の抑止力になりえないのです。みんなまじめに生きているのに、テキトーに生きている奴もいる。そんな連中は、他のマジメに生きている人に迷惑をかけたら、どんな人生が待っているのか?それを示すのが、裁判所の存在理由です。

日本の全法曹関係者に告げたい。

目の前にいる被告に厳しいことを言うのがためらわれるのは人間として理解します。目の前の人間は生きているし、罪を反省しているかもしれない。が、んな甘いことを言う程度の人間であるのであれば、裁判所からは足を洗え!マジメに生きている人が、何にも悪くない人が、適当なバカに命を奪われることは

絶対に!

あってはいけないのです!!

その為に、人が人を裁くのです。その場所を裁判所というのです。「更生を考える」のは、刑務所と厚生施設の担当です。裁判所ごときが「人の更生」まで偉そうに考えるな。越権行為だ。事実、お前たちは厚生施設で働いていないだろうが。

私は、以前から、日本の法曹関係者に対して、このブログでもいつもかなり厳しめのコメントを書いてきました。それは、法曹関係者が、民主主義国家としては「究極」とも言える力を持っているからです。政治家の「法律を作りました~」ごときではない

「人を裁く権利」

を保有しているからです。なのに、あまりに無自覚で自分の都合のよい動きと考え方をする人間が少なくないので、多少厳しい書き方を心掛けるようにしています。

今回の大阪、アメリカ村で起きた最低の暴走運転は、厳しく裁かれなければいけない。その為に2001年に、わざわざ「危険運転致死傷罪」という罰則が出来たのです。ビールを4杯も5杯も飲んで、その上、カクテルを飲みながら、車を暴走発進させて人を即死させた人間が

「本人は悪くない、単なるミスです~」

な訳ないのです。本来であれば、その程度のことに、悲しみに暮れるご遺族が汗などかかなくてよいのです。本当に要らぬ労力ですが、それでも、訴因変更の動きが出てきたことは高く評価したいです。

第2回公判があった8月24日は、被害者、河本恵果さんの25回目の誕生日でした。

彼女はこれから、今後生み出される悲惨な飲酒運転事故の被害者を減らす、天使になるのでしょう。二度と、こんなバカな立件事案が減ることを祈ってやみません。

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