「1989年、私は36歳でした。20年前に産んだ娘に一目会いたいと、初めてエージェントに娘を探すことを依頼したんです。」イギリス、ロンドン出身のジュリー・ワズマー(64歳)は、当時のことを振り返った。

16歳の時、ボーイフレンドの子供を妊娠。「60年代なんて、10代の少女が妊娠したら産んでも自分で育てることなんてほとんどなかったの。」養子に出すこと以外に、ジュリーに選択の余地はなかった。

貧乏だったけど家族に愛されて育った

出典 http://www.theguardian.com

ロンドンのイーストエンドの狭いアパートで育ったジュリー。暮らしは貧しかったが、両親に愛されていた。だが、同い年のマーティンとの間に子供ができたことで家族間に亀裂が走った。

「生まれるギリギリまで親に隠していたんです。きっと私の中にも、否定の気持ちがあったんだと思います。妊娠してたことを母に言った時、母は子供のように崩れ落ちました。」

マーティンとは将来を考えたことなどなかった。いや、考えたとしても幸せになれるわけがなかった。お互い下流階級の貧乏家族。そして子供を育てていくには二人とも若過ぎた。

1970年の6月に娘、サラが生まれた。ジュリーはたった10日間だけ娘と一緒に病院で過ごした。お風呂に入れたり、ミルクをあげたりした。でも家に連れて帰ることはなかった。一人で帰った時、たまらなく涙が溢れ出た。病院でサラが生まれた時につけてもらった「ワズマーさんの赤ちゃん」と書かれたリストバンドは、机の引き出しにしまった。

マーティンとはすぐに別れた

出典 http://teenadvice.about.com

娘を失ったという現実の悲しみが、ジュリーとマーティンの関係にヒビを入れた。「私達に何かできたはずなのに。」後になって後悔の波が押し寄せた。これ以上付き合うことはできないと、二人は別れた。

「でも、サラにはいつかきっとまた会える、っていう気持ちがあったんです。」いつの日か、サラに会った時に自分をしっかり持っているような女性でいたいーそう思ったジュリーは学校で良い成績を取り、仕事にも励んだ。

ジュリーは、サラを養子に出して以来子供を産むことはなかった。「もしサラが私に会って、私がすごく幸せな家庭を築いているのを知ったら、傷つけてしまうと思ったんです。」サラが18歳になった時にも、ジュリーはずっと一人生きて来たという。

念願かなって20年ぶりにサラに会えた

出典 http://thehoopla.com.au

サラにはもちろん育ての母親がいて、その母親も愛している。ジュリーとサラは今では姉妹のような、親友のような関係だと言う。「初めて娘に会った時、私によく似ていたので驚きました。」感動しハグを交わした二人。

20年ぶりに再会し、以降、頻繁にサラと連絡を取り合ってきたジュリー。サラが37歳で母親になった時、ジュリーはその出産を間近で見守ることができた。孫を抱くまでは、サラ以外の子供を腕に抱いたことは一度だってなかったという。

「でも、今こうしてサラの子供を抱くことは幸せ以外のなにものでもありません。」産んだ娘を養子に出したことを激しく後悔し、子供はもう作らないと決めた。だが、今娘と孫が近くにいる。今、「おばあちゃん」と呼ばれる存在になって幸せを噛みしめていることだろう。

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