なんで学校行かなくちゃいけないの?新学期を迎えるのがツライ子供たちへ

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学校は社会の基本的マニュアルを教えてくれるところです。
個性を伸ばしてくれるとろではありませんが、行っておいて損はありません。
だからといって学校は、あなたの人生の全てではありません。

学校は個性を伸ばしてくれるとろではない

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私の子供が一年生になり始めての夏休みを迎えた時の事、どの学校にもある様に工作の宿題がでました。
子供は「手伝ってー」といいましたが、作品は自分で作ってこそ意味のあるもの。「見ててあげるから自分でやってごらん」とアイデアも設計も製作も口だけ出して手は出さず、全て自分でやらせました。

見た目はお世辞にも巧いとはいえないけれど、一生懸命がんばった味わいのある作品です。私は子供が全部自分で作りあげたことを褒め、子供も嬉しそうでした。夏休み明け、授業参観にいくと、夏休みの工作が展示されていました。そこで優秀賞として飾られていたのは、あきらかに大人が作ったものでした。一年生では描けないようなしっかりした動物の顔、一年生では切れないような美しいカーブの切り口。他の作品もいくつかは大人の手がかかっていましたが、優秀賞、努力賞、佳作、どれも大人の手が9割、へたすれば10割携わった作品でした。他には「子供が自分の力で作ったんだろうな、それにしては巧いな」という作品があったにも関わらずでした。先生の嫌味でなければ、学校とは「本人の努力でなくとも結果さえ出せばよい」ところなのだと思いました。でもそれをどうとるかは自分しだいです。
将来会社に入ったとき、人のまわしで相撲をとるようなやりかたで営業成績をとる人がいたとします。会社もそれを認める風潮だとします。
「それならば自分もそれに習う」と思う場合でも、「それならば自分はさらにそれの上を往く」と思う場合でも、

「じゃあそうするにはどうすればいいか?」

という練習を子供のうちにさせてくれるところなのです。

マニュアルに沿うことを教えてくれる。行っておいて損はない

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個性を伸ばすわけではありませんので、マニュアルに沿うことを教えてくれます。

2年生の時、国語の宿題で「擬音をかきなさい」というものがありました。
「ガラスが割れる音」とあったので、「ようく考えてごらん?あの時ガラスが割れた時どんな音がした?」と聞いたら子供は「ブワリーンっておとがした。バリーンとかじゃなかった」というので、「独創的でおもしろい」とそのままかかせたら大きなバツをもらって帰って来ました。たしかに、美術や創造系の授業ではないので仕方がありません。それはそういう場面のときに表せばよい表現方法であって、決められた答えを書かなければいけない場所なのです。

このように学校とはマニュアルに沿う事、状況に応じて求められる答えを出す練習をするところなのです。
一見するといやな感じに思えるかもしれませんが、空気を呼んだ答えを出すというのは社会生活をする上でとても必要な事でもあります。

だからこそ社会では「学校にもいけていない人間は社会でもやっていけるのか?」と思われてしまうのです。
学校にいくのがダルイ、めんどくさい、なんでいかなきゃ行けないの?と思っていたら、社会生活をする上で相手に信頼を与えるためだと思ってください。
どんな職業に就こうが、1人だけでする仕事なんてありません。必ず誰かとつながっています。そして自分がどう思おうが、色んな性格の人、いろんな立場の人と必ず誰かと関わります。相手にてっとりばやく与えられる信頼のひとつが「学校で何かを学んできた」ことです。

学校は君が大人になるために持っておいたほうがいいスキルを学ぶ場所です。

勉強、遊び、掃除、先生のお手伝い、年下の子の面倒、友達関係・・・

どんなに面倒くさいことでも意味がないと思えるようなことでも、必ず将来きみの役に立つのです。

だからといって人生の全てではない。

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かといって学校が生活の全てを占める必要はありません。
学校は学ぶところ。きみに必要なことの一部です。
でも一部でしかありません。

君は君の個性を伸ばすべきです。才能なんてなくたっていいんです。
居る場所・世界、視野、人脈をどんどん広げていきましょう。

習い事、ちょっと足を伸ばした先の図書館、なにかのサークル、アルバイト、なんだってどこだってかまいません。

笑ってる世界、謝ってばかりの世界、アツくなれる場所、静かに語れる仲間。場所や仲間によって違う態度の自分が居て、最初は戸惑うかもしれませんが、どれも自分の一部です。いい出来事もいやな出来事も、自分を形成してくれる一部なのです。

学校だけが全てになっていると、学校の必要性はきっとずっとわかりません。

でも君の世界が広がれば広がるほど、学校という場所が「コレはコレで必要だな」と思えてきます。
違う世界を模索する間、ちょっとくらいなら学校を休んだっていいんじゃないかとさえ私自身は思っています。

学校だけが全てになって腐っているようじゃ君がもったいない。



もしこれを呼んでいるのが親御さんなら、習い事や地域の行事参加など、お子さんの世界が広がるお手伝いをしてあげて欲しいです。
ひとつの居場所で困ったことがあったら、別の関係ない人間に相談したり愚痴を言ったりしてすっきりできるのは、大人も子供も同じです。

全ての子供たちが追い詰められないように、かつ、社会に出られるように。
そう切に願う、元登校拒否児の母なのでした。

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旅行記や土地グルメランキングの記事をまじめに作成したかと思えば、オッチョコチョイナーである自身の特性を活かしてパニックエッセイを書いたりもする落ち着きのない大人。それが俺さ!

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