新橋の場末の洋楽バーの物語…

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19時半営業開始の筆者の店だが、洋楽バーという業態や乾きもの程度のツマミしか無いことなどがあるのか、実際店内が混雑するのは21時過ぎである。

1人、また1人とお客様が来て、何かの二次会なのかグループが来て…と席が埋まっていくのである。

筆者が一番忙しい時間は22時頃なのであろうか。そして帰っていく人が多くなっていく23時頃に、当店名物常連客S氏はやってくる。

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S氏は大手出版社のカメラマン兼ライターである。多忙な毎日を過ごしているようで、職場から帰宅までのほんの僅かな時間、筆者の店に大好きな音楽を聴きに来る。

元々、彼は、厳格な公務員家系で育った一人息子のようで、記者や編集者のような方向の進路をご両親は「手堅くない」と猛反対したようだ、それでも彼は著名な記者や編集者を多数輩出した大学の法学部に進み、見事大手と言われる出版の会社に入ることが出来た。そして、なりたくて仕方の無かったその仕事に惚れ続けている男である。

そんなS氏は、一滴も入っていない状態では、話しかけても面白い返事が期待できないほどのシャイ・ガイである。真面目な性格と責任感の高さゆえ、弊店に到着しても原稿や写真のことで頭がいっぱいで、遊びモードになかなか切り替わらない。しかし、一杯飲めば別人かと思うほど盛り上がる愉快な人だ。それを知っている他の常連客や筆者は、盛り上がるまで話をするのを待つ。

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幅広い洋楽を愛するS氏の最初のリクエストは必ずこの曲だ、ブルース・ホンスビーの「ザ・ウエイ・イット・イズ」 

85年に、ヒューイ・ルイスらの協力により世に出ることになった彼らの86年の全米1位。80年代前半の経済不況や人種差別の内容も盛り込んだ社会派の曲としても知られるが、ニューエイジ・ミュージックの影響が伺えるピアノの美しい旋律で、聴いていると癒される曲でもある。

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因みにブルース・ホンスビーを一発屋という人は多いが、「マンドリン・レイン」「ジェイコブズ・ラダー」等のヒットも後に続くうえ、その後のソロ活動やグレイトフル・デッドへの加入などで、常に重要な音楽シーンに立ち会っている音楽家である。

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S氏は、この曲がかかると一つ頷き、ボトルキープのシングルモルトを、ほんの少しだけ氷の入ったグラスに注ぐ。飲み始めると少しずつ陽気になっていく。筆者はその移り変わりをカウンターの中から見ているのが一寸楽しい時間だ。

そんなS氏は、東北の支社の単身赴任から東京本社に帰京後、職場の近くに筆者の店があることを音楽雑誌の記事を見て知ったそうだ。一度来てからは気に入ってもらえたようで週に2~3回必ず来るほどの常連客となった。

一杯飲んだだけで直ぐに陽気なって、皆と仲良くできるお茶目な性格のS氏は、他の常連客からは勿論、隣の席に座った誰もが親しめるキャラで、人気者となるのに時間を要さなかった。

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しかし、そんな彼に試練が待っていた。今まで所謂花形部署を渡り歩き、著名人と対談したり、有名な記事を書いたり、美しい写真を撮ったりしてきた彼だったが、急に全く畑違いの仕事しかない部署への異動が決まった。

閑職のようで、ほぼ定時で退社できるので、店には早い時間に来られるようにはなったが、何か抜け殻的な元気の無さが目立つようになった。そうこうしている内に心の病におかされていることが分かった。

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病に苦しみながらも、職場と家族の事を真剣に考え、そして弊店にまでも愛情を注いでくれた…。

その中で彼は、閑職であることを利用して、いつか乗りたいと思っていたオートバイの免許を取ったり、教会に牧師の話しを聞きに行ったり、色々なバンドのライブを観に行ったり、色々な物事に精神的にはきつかったであろうが、積極的に取り組んでいる様子だった。何か次のステージに備えてインプットしている時間に見えた。

そんな彼に時が経ち再び転機が訪れる。それは、花形部署への復帰である。その後徐々に彼の体調は戻り、またお茶目なキャラで人気の常連さんに戻った。闘病中に自分磨きを忘れなかったことや、元々サービス精神の旺盛な人柄で人望があり、色々な人々の手助けがあったのではないかと思う。

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筆者は音楽という形で彼の辛い時期の癒しのお手伝いが出来たような気がして、彼の復調を心から喜んだ。そして、以前と比べ、より深い文章を書き、より味わい深い写真を撮って大活躍である。

筆者はカウンターの中から色々な人のドラマを見るが、今回のS氏のように、ハッピーエンドな話として後で話せるのは、なんだか清清しくて気持ちがいい。

最後までお読み頂き有り難う御座います。

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東京都大田区大森生まれ。立正大学附属立正高等学校、尚美学園短期大学音楽ビジネス学科、放送大学教養学部生活福祉専攻卒業。STAY UP LATEオーナー。 ライター業と、セミナー講師、司会業も実質少々。江戸川区在住、一児の父。愛猫家。

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