現代では当たり前のように誰もが身につけている下着ですが、100年程前は、日本人女性は下着を身につけていなかったのです!下着はヨーロッパを中心に発展してきましたが、現在のようなデザインとなったのは、割と最近。様々な変遷を経て、現代のデザインに辿り着いた下着の歴史とは?


【下着の起源】

 適当な大きさの布を腰に巻きつけた腰布が、下着の起源であり、誕生した時期は紀元前3000年頃とのこと。当時の下着は、紐で腰に結びつけて股の下を通し、後ろで紐に通し固定するふんどし型のものと、胴回りに何度も巻きつけてピンや細いベルトで止める腰巻き型の2種類が存在していました。これらが現代のパンツの原型です。多くの古代文明においては、この腰布が利用可能な唯一の下着であり、女性も腰布を身につけていました。古代文明においては、男性下着と女性下着の区別はないようですね。

【中世の下着】
 その後、下着はヨーロッパを中心に発展していきます。中世に入ると女性は身体にフィットするアンダードレスと、ブライズ(腰と太ももで、紐で固定する薄手の素材のズボン)を着用していました。

ルネサンス期になると、ふっくらと傘のように広がったスカートが女性の間で流行し、ドレスの下にファーティンゲールという、スカートを支えるフレーム枠付きの下着を身につけるようになります。

【18世紀~19世紀の下着】
 18世紀から19世紀の間には、様々な下着が登場します。18世紀の女性は、ステイズという、後ろから身につけ、胴の前で紐で止める下着をつけるようになりました。そして、このステイズが、スタイルを保つために厚めの布で作られるようになったものがコルセットとの起源です。当時は、細い腰が美の象徴とされていたため、コルセットは、身体をきつく締め付ける設計になっており、着用時に苦痛を伴うことが多く、また血行不良や酸素不足から内蔵に障害を負う女性もいたそうです・・・

 19世紀に入ると、男性、女性、子ども問わずユニオンスーツが一般的な下着になっていきました。これは手首から足首まで、覆う形状の下着のことあり、20世紀の初頭まで広く一般的に着用されていたものです。ほぼ全身を覆う下着なんて、なんだかすごいですね。


【現代の下着への進化】

 現代のように、下着の上下が別々になったのは、1910年代の後半に、某紡績会社がユニオンスーツを上下で分けることを考案しました。
 そして、初めてブラジャーが誕生したのもこの時期です。1913年に、2枚のハンカチをリボンで結ぶことで、現在知られているブラジャーが誕生しました。発案者はこれを特許申請し、アメリカ中にブラジャーの販売網を広げることに成功し、成功をおさめました。

 1910年代の終わり頃には、アメリア・ジェンクス・ブルマーによって女性下着として、ブルマーが発明されました。この頃は足首まで覆うズボンのようなデザインであり、スポーツを楽しむ活動的な女性の間で流行しました。ブルマーは人の名前だったのですね。

1920年代になると、このブルマーの丈が短くなり、ゆったりとしたデザインではありましたが、パンティに近いデザインとなります。当時の女性は、この丈の短いブルマーを履き、ストッキングを用いて足を覆っていました。

 この時期に社交ダンスが流行し、ダンス中にストッキングがずり落ちないようにガーターベルトが発明されます。この時に、下着の役割に「ただ隠すこと」に加えて「女性の魅力を引き立てること」という、ランジェリーという新たな分野が確立されます。

 そして、第二次世界大戦が終わり、1950年代から1960年代に、下着は大きく変化します。それまでは一般的に下着は白のみでしたが、プリント柄や、カラーの下着が販売され始め、下着のファッション性というのが広く理解されるようになります。また、素材の面でも様々な試みがなされていきます。

 1970年代から80年代にかけて、ファッションとしての下着市場は成熟期を迎え、下着メーカーは性的魅力を主張するような広告戦略をとるようになりました。80年代には、ブラジルでTバックとして知られる下着が広まり始め、90年代頃には欧米で大流行し、世界中で広まっていきました。

現代においては、下着の素材は改良され続けており、薄手にもかかわらず暖かさを保てるようなものが登場したり、デザインや色のバリエーションも非常に豊富となりました。今後も更なる素材の改良や、新しいデザインのものが流行していくのではないでしょうか。


【日本における下着】

 日本の一般女性は、1930年ごろまで下着を身に付ける習慣がありませんでした。和装の時代には、下着を身につけないのが常識でした。

 日本でも、上流階級の女性たちは、徐々に日本が世界に対して開けてきた明治10年代から20年代はじめにかけて、洋服を着用する身だしなみとして、コルセットやショーツといった下着を着用し始めましたが、庶民は依然として腰巻や襦袢を身につけていただけでした。

 1930年ごろになると、庶民にも下着を身につける習慣が徐々に浸透し始めてきたようです。

【ブラジャーの登場】

 ブラジャーが本格的に日本で広まるのは、第二次世界大戦後のこと。それまで、日本人女性は、さらしやガーゼを胸に巻いていました。それらは当時、「乳房バンド」や「乳バンド」と呼ばれていたようです。そして、大戦後の昭和24年に、株式会社ワコールの創業者である塚本幸一が、「これから女性は間違いなく洋装化する」と予測し、現在の株式会社ワコールの前身である和幸商事を創業。そして、従業員10人で始まった和幸商事がブラジャーの全身となる「ブラパッド」を開発し、販売を開始し、塚本幸一の予測通りブラパッドは飛ぶように売れました。また、彼は日本で初めて「下着ショー」を開催し、内容は下着の付け方の教室だったそうですが、これが新聞に取り上げられ、下着が日本社会に認知されていきました。

 昭和25年にブラジャーが登場し、女性が洋服を着た時にバストの形が美しく見えるような下着が初めて日本の市場に出回ります。しかし、当時は材料となる布の仕入なども大変な世の中で、つけ心地がよくなかったようです。

 その後は日本が高度経済成長期に突入し、外国のファッションブランドが続々と日本に上陸したため、日本人女性が洋装化し、それに合わせて下着もデザインされていき、今のような下着の文化を形成しています。

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