天国から地獄に落とされるような電話

40年以上生きてきて、人生最大の喜びを一つあげるとするならば、娘の誕生に立ち会えたことです。あまりの嬉しさに体が震え、大粒の涙が止まりませんでした。

その喜びを胸に嫁さんと娘を産婦人科病院に残し、家に帰った時に電話がありました。「お子様の容体が思わしくありません」

急いで行くと、嫁さんは涙を流し、先生の話によるとミルクを飲んでくれないとのこと。このままでは危険なため、大きな病院を紹介してくれました。

娘は救急車で運ばれ、その後ろを私は車で付いていきました。そして大きな病院のかなり上の階にある新生児集中治療室(NCIU)に娘は運ばれました。

神様に祈ることぐらいしかできませんでした。

夜中に到着し、何時間も娘の無事を祈りました。先生から「どうぞこちらへ」と呼ばれ、手の消毒とマスクをしてそこに入ると保育器に入れられている娘の姿がありました。

地域の産婦人科病院などでは診ることのできない、命の危険がある赤ちゃんのための治療室です。信じて娘を預けることにしました。

その次の日から毎日夜、見舞いに行きました。そして娘は少しずつではあるけれどミルクを飲むようになりました。

娘の横で寝ている赤ちゃん

娘は順調に回復していきました。毎日様子を見ていると、娘の隣のベッドで寝ている子がとっても気になってきました。男の子でとてもやせ細ってる子でした。

その子のお母さんは毎日面会に来ていました。私が行くと必ずそのお母さんも来ていました。子供のベッドが隣同士で、とっても気になったのですが、その方とはお話をすることはなかったです。

そのお子さんは見た感じで明らかに細くやせていて、動きもほとんどない状態でした。毎日、顔を合わすお母さんで気にはなるのですが話しかけるのはちょっと気まずいような気がしていました。

しかし嫁さんのお母さんはその方に話しかけたそうです。

10日ほど経った頃、となりの男の子の姿は見えなくなりました。天国に逝ったそうです。とても寂しい気持ちになりました。

このNICUではお母さんとお父さんしか直接の面会は出来ません。その他の家族は治療室の外でガラス越しに様子をうかがうことだけは出来ます。なので嫁さんのお母さんもガラス越しに様子を見に来てくれていました。

嫁さんのお母さんの話によると、亡くなった子のお母さんに声をかけたんだそうです。すると「もう心の準備は出来ています」「ただ生きてるうちに出来るだけ一緒にいてあげたいと思っています」と言ったそうです。

それを聞いて、さらに胸が締め付けられるような、なんとも重たい気持ちになりました。

早くここから出てほしい。

娘はその数日後に退院することになりました。生きるか死ぬかの瀬戸際にいるときはあれほど命だけはと願ってた私ですが、命が助かったとなれば、早くここから出て元気に育ってほしい。どんどん期待が大きく膨らみました。

そしていよいよ家に娘を連れて帰っていいと言う日、集中治療室をでると、なんと、あの子供を亡くしたお母さんが立っていました。

「隣の子が良くなって良かったです」と言って下さいました。

「あ・・・どうも」言葉につまりました。「退院おめでとうございます」と言われ「有難うございます」と返したあとの言葉に困りました。

やっとの思いで「あの時はどうも、毎日大変でしたね」と言うと、「息子はもういませんが、隣の子が良くなって良かったです」と言って下さいました。

今まで気になっていたけれどお互い話しかけられなかったことを話して、「もしよろしければ抱っこしていただけますか?」と言う私の言葉にお母さんは「いいですか?」と言い、抱っこしてくれました。

命のありがたさを大きく感じました。

お母さんはとっても温かい表情で娘を抱っこしてくれました。まるでわが子に愛情を捧げるように。

その後、娘は若干おとなしく、体も小柄ではあるものの元気に育っています。そしてこのことを思いだすたびに与えられた命のありがたさを大きく感じます。

最後までお読み頂き有難うございます。ブログをしています。よろしければ覗いてみてください。

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