うのたろうです。
泳ぎにでかける、あるいはお風呂にざぶんと浸かる。ふっと目をとじると水の揺れる音がきこえる。
さらに耳をすませてみてください。呼吸や水音に混じって声がきこえてくる気がしませんか?

「たすけてくれ、たすけてくれ……」

そこではっと驚き目をひらくと、水のなかから50万本の腕がびっしり伸びてきて、あなたの足首をぎゅっとつかもうとしているかもしれません。

……というわけで。
本日は、そんなホラーのお話……といきたいところですが、本当は水にまつわる悲劇のお話し。

「バイカル湖の悲劇」って知っていますか?

水に浸かるのが怖くなるというよりも、遠い極寒の地に思いを馳せ、こちらから水のなかの手にむかって手を伸ばしてあげたくなるような、そんな悲劇のお話です。

お盆終わりのこの時期に似あいの悲劇の物語。ぜひごらんください……

バイカル湖とは?

さて。
物語のまえに、まずバイカル湖についてのお話しからです。

バイカル湖とはロシア(中央アジア)とシベリアの中間にあるアジア最大の三日月型の湖のこと。周囲は原生林に囲まれていて標高は456メートルの地点に存在します。また、バイカル湖は世界でもっとも古い古代湖としても有名です。

バイカル湖の全長は約640キロメートル幅は平均48キロメートル(最大約80キロメートル)。数字にすると、それほど大きくないような気もしますがそんなことはありません。湖の周囲は約2100キロメートル、そして総面積は約31500平方キロメートルで、これはなんと琵琶湖の約46倍もの大きさ。しかも水量は琵琶湖の約850倍というから驚きです。

この圧倒的な水量はアメリカの五大湖すべての水量に匹敵しているうえ、地球上の淡水全体の2割を占めているというほどといえば、そのすごさが伝わるでしょうか? それもそのはず、この巨大な湖には約350の河川が流れこんできているのです。

このように面積にくらべても圧倒的な水量を持つバイカル湖ですが、これ理由があります。それはバイカル湖がただ大きいだけではなく、とんでもなく深い湖だからです。

バイカル湖の標高最大水深は1634~1643メートル。これも世界最大の深さです。
また平均深度は約730メートル。スカイツリーが634メートルなので、東京の新名所がすっぽりはいってもまだ表面までは100メートル近くの距離があるというとんでもない深さです。

そんなバイカル湖は透明度が高く景観がとても美しいため「シベリアの真珠」と呼ばれて
て観光地としても人気を博しています。しかし、その美しい真珠はただの真珠ではありません。

太陽光を乱反射させる水面のそのはるかした、極寒のバイカル湖の底には50万本の腕――つまり25万人の凍死者が眠っているのです……

バイカル湖の悲劇~序章

これはある種の都市伝説ともいわれています。その都市伝説は以下のようなもの……


今から約100年まえのこと。
1917年2月、第一次世界大戦のさなか帝政ロシアに革命が起きた。当時のロマノフ王朝は崩壊しソビエト政府の革命軍(赤軍)が新政権を握った――


このときに革命を起こした赤軍は当時、第一次世界大戦で激戦をくり広げていた宿敵ドイツと休戦協定を結んでしまいます。そして戦争そっちのけで帝政ロシア復活を目指す白軍と国内で戦いを始めてしまうのです。

この戦いはドイツを味方につけた赤軍が当然のように有利になります。その結果、白軍の拠点であった東ウラルのオムスクは1919年11月に陥落してしまいます。

オムスクを落とされた白軍は撤退を余儀なくされます。そして再起をはかるために赤軍の追手のかからないシベリア奥地へと移動していきました。もっとも逃げなければ赤軍に殺される未来しか待っていません。彼らには「逃げる」以外の選択肢はありませんでした。

逃亡の旅をおこなった人数は軍民あわせて125万人。
内訳は白軍が50万人。そこに帝政時代の貴族や僧侶などの女性や子どもをふくめた亡命者75万人がくわわった形になります。彼らは帝政ロシアを復活させるための軍資金として最後に残った500トンのロマノフ金貨と財宝、そして食料を馬に積み、逃亡の旅を開始します。

バイカル湖の悲劇~逃亡の旅

逃亡の旅は、冬に始まりました。季節は極寒。まだ11月です。

ご存じの通り、ロシアの冬は寒いです。
そんな寒い時期に125万人の人々が慣れ親しんだロシアの地から、まだ見ぬシベリア奥地へと大移動を開始するのです。東へ、東へ……追手に捕まらないように、殺されてしまわないように。そんな思いで8000キロもある広大なシベリアを横断する逃亡の旅です。

ロシアの冬は現地の人たちにとっても想像を絶する寒さです。気温は連日氷点下20度をしたまわり、おまけに激しい吹雪が吹き荒れています。この寒さのなかでは凍死者が続出するのも無理はありません。逃亡の旅は「死の行進」の様相で、20万の人間がたったひと晩で凍死した日もありました

それでも彼らは思います。

赤軍に捕まるわけにはいかない。捕まったら殺されてしまう。皆殺しだ。そうならないために逃げる。決して足をとめるわけにはいかないのだ――

殺されないために「死の行進」を続けるなどというのはいささか本末転倒だけれども、当時の白軍にとっては、こうするよりほかなかったのです。

そして……
逃亡開始から3ヵ月後。

当初125万人だった人々はその数をぐっと減らし25万人になっていました。燃料や食料も底をつき、運搬用の馬も次々と倒れてしまいます。最後には彼らが大切に持ってきた500トンの金塊も見捨てる決断をするときがきました。

しかし、彼らは「それでいい」と考えます。残された25万の人々は、それでも生きたいという一心から歩を運ぶことだけを考えたのです。この決断の甲斐もあって、なんとか2000キロ離れたイルクーツクまで無事たどりつきます。そこで彼らが目にしたものが凍った巨大なバイカル湖だったのです。

バイカル湖の悲劇~氷の湖

季節は冬。極寒の冬です。バイカル湖の凍った湖面はまるで自分たちを未来へいざなう光のカーペットのようにキラキラと輝いています。

先頭を歩く集団は目を細めます。湖面のむこう岸までは最大でも80キロメートルほど。距離としては決して無理なものじゃない。

足元に視線を移します。氷の厚さは3メートルほど。これなら、いける。バイカル湖を見た25万人の白軍と亡命者は思いました。


湖のむこう側にいけば赤軍の手から完全に逃れられる。これでたすかる。殺されずにすむ――


それは彼らにとってまさに真珠の光のような明るい希望だったのでしょう。
すでに満身創痍でボロボロだった人々は、最後の力を振りしぼり、ぶ厚い氷に覆われた巨大なバイカル湖に一歩を踏みだします。

「生きたい」

その一心で彼らは氷のうえの横断を始めるのです。しかし……

バイカル湖の悲劇~待ち受けていた残酷

自然は残酷でした。
光のカーペットは彼らを未来へいざなうためのものではありませんでした。

彼らがバイカル湖をわたり始めてほどなくして激しい寒波が一行を襲ったのです。その猛吹雪によって気温は一気に氷点下70度までさがります。

突然、変化する状況。
人々は一瞬にして意識をうしない、湖のうえを歩きながら次々と凍っていきました。

あとちょっと、あとちょっと――

ぎりぎりで意識をたもっていた人はそんなふうに思いながら歩を運ぼうとします。しかし、凍った身体では足がまえにでていきません。無理に踏みだそうとすれば、足がもげてちぎれます

吹雪は切り裂く音を立ておさまる気配を見せません。
そんな激しい寒波のなかでは人々の悲鳴すらきこえませんでした。いや、悲鳴などあがらないのです。なぜなら悲鳴をあげたとたんに肺のなかが凍りつきそのまま絶命してしまうからです。

そんな絶望のなか、周囲には突風の鳴き声だけが悪魔の高笑いのように凶悪に響きます。風はいっこうにやみません。吹き続けます。やがて氷の湖面上に生きているものはひとりもいなくなりました。

白軍は全滅したのです。
バイカル湖の凍った湖面のうえで。

バイカル湖の悲劇~エピローグ

……やがてロシアにも春がきました。
極寒のロシアでは固体の雪ではなく、液体である雨がふれば春になるといわれています。もう氷が溶ける季節です。

この季節になるとバイカル湖の湖面でもゆっくりと氷が溶けだします。
面積31500平方キロメートル、水量23000立方キロメートルを誇る世界最大規模の湖が氷からふたたび水に戻っていくのです。

水滴の音が耳を打ちます。
それはすぐにどしゃぶりの雨音になり、やがて氷塊が崩れる炸裂音が振動とともにバイカル湖を襲います。

とても優しく力強い、生命の息吹を感じる春の音です。
そんなさなか、湖上にとり残された25万人の死者は息を吹き返した巨大な湖に飲みこまれるように最大深度1643メートルの深い水底に沈んでいきました。

ゆっくり、ゆっくりと。

だから今でも、その真珠の輝きの湖の底では25万人の死者の魂が眠っているのです。あとちょっと、あとちょっと――そんなふうに思いながら希望と明日を信じ続けて。

もしかすると、バイカル湖の美しい真珠の輝きはそんな25万人の人々の明日を信じる瞳の光なのかもしれませんね。

まとめ

以上が、バイカル湖の悲劇の物語です。
なんだか胸を締めつけられてしまいます。

もっともバイカル湖はこのように悲劇だけをウリにしているわけではありません。

前述の通り、バイカル湖岸は美しくまた不思議と魅力がたくさん詰まっています。そんな理由から観光地にもなっているため、さまざまなツアーなどでその美しさを堪能することができます。もちろん現地のおいしいものを食べることも可能です。
こちらは旅行会社各社でツアーが組まれることも多いですので、気軽にさまざまな形で楽しむことができます。

しかし残念ながら、聖地巡礼についてはツアーが組まれることはほとんどありません
バイカル湖岸では、今もシャーマン信仰が残されていて、現在でもシャーマニズムと仏教の儀式をおこなうための「聖地」――岩や岬、洞窟などが現役で活躍しています。また一部は先住民ブリヤートの聖地として観光客の立ち入りが制限されている場所もあります。

観光以外にもこういった場所を巡りたいというのでしたら、ツアーではなく自由旅行でいくことがほとんどになります。

ちなみに聖地と呼ばれるポイントは1ヶ所にかたまっているわけではなく、湖岸に点在しているので注意が必要です。そのため、レンタカーを借りてまわるという方法が一番のオススメだといえるでしょう。

最後に。
バイカル湖へのアクセスは、イルクーツクからバスで2時間。約80kmほどの距離。シベリア鉄道でも湖畔沿いに4時間ほど走っていくと到着します。
その他のアクセス方法はイルクーツクからバイカル湖へと注ぐアンガラ川を水中翼船でくだるという形になります。


バイカル湖――
25万人の人々が水の底で未来を求めて手を伸ばしている悲劇の湖。

もし、あなたがお風呂にはいって目をとじたとき「あとちょっと、あとちょっと」そんな声がきこえてきたら、それは遠く離れたロシアの地からの亡命者たちの声なのかもしれません。

目をあけてみてください。
あなたの足元には……

うのたろうでした。

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