東日本大震災発生で問われたプロレスの存在意義…自粛ムードの中で交差する二人のプロレスラーの想い

「プロレスで勇気付けるのは自己満足ですよ…」
「お前がプロレスの力を信じないで誰が信じるんだ!」

2011年3月11日に発生した東日本大震災。
1万5000人以上の死者を出し、2500人以上の行方不明…。
戦後最大の自然災害に日本中、世界中が深い悲しみに暮れました。

震災直後、各地のイベントや式典、学会などは自粛が相次ぎました。
またテレビやラジオといったメディアでは連日、震災がらみのニュースを放映し続けました。

プロレスも例外ではありませんでした。
ドラゴンゲートは3月20日に予定していた両国国技館大会は原発事故により「ファンの安全確保を万全に約束出来ない」事を理由に中止され、またその他のプロレス団体も興業中止や延期になりました。

東日本大震災によって問われたプロレスの存在意義。

「プロレスに何ができるんだ?」

そんな状況下で3月27日、プロレスリング・ノアのディファ有明大会でプロレス界に波紋を投げかけるある騒動が勃発しました。

メインイベントの6人タッグマッチでフリーの鈴木みのる選手が当時GHCヘビー級王者・杉浦貴選手にピンフォール勝ちを果たし、試合後マイクで話し始めました。

「オレはな、今どうしてもお前に言いたい事があるから、ここディファ有明に来た!以前、『NOAHの杉浦が今はスゲェぞ、強ぇぞ。』って聞いていたからオレも、『いつかやってみたいな。』みたいな事を言った事はあったよ。だからお前の口から『鈴木みのるとやりてぇ。』って聞いた時はな、正直背中がゾクッとしたよ。でもな、雑誌とかで続けてお前が言った言葉聞いて、オレは心底ガッカリした。」
「『今、プロレスで元気を与えるとか言ってもそれは自己満足』ってお前言ったな?確かに水や食いもんは必要だよ。でもそれはな、みんなが一生懸命届けようとしてるんだよ。東北のプロレスファンが以前『立て!杉浦!』って何度も言ってくれたんじゃないのか!?今度はお前が『立て!』ってプロレスで示す番じゃないのか!?拍手なんていらねぇ!」
「オレはお前の発言を聞いて無性に腹が立った。どうしてもこれだけは言わないといけないと思った。お前MVPなんだろ!?お前チャンピオンなんだろ!?どうしたんだよ杉浦!お前がプロレスの力を信じなくて誰がプロレスの力を信じるんだよ!東北にだってプロレスファンはいっぱいいるんだ。そいつらにお前が与えられるのは水じゃねぇんだ、食いもんじゃねぇんだ、プロレスだろ!オレは悲しいよ、オレはマジで言ってるんだぞ!今のお前がオレと闘いたいなんて100万年早ぇんだよ!オレは強ぇえヤツとやりたい!お前みたいな弱ぇえヤツにも、弱ぇえヤツが巻いてるベルトも興味なんか無い!顔を洗って出直して来るのはテメェの方だ!」

出典 http://ameblo.jp

杉浦貴とは…

杉浦 貴(すぎうら たかし、1970年5月31日 - )は、日本の男性プロレスラーである。愛知県名古屋市出身。プロレスリング・ノア所属。元自衛官。血液型B型。
ノアのタイトルであるグローバル・オナード・クラウン4王座すべてを奪取した経験を持つ[1]。また、ノアのデビュー第1号レスラーである。

出典 https://ja.wikipedia.org

鈴木選手が触れた杉浦選手の発言とは…
それは2011年3月21日の福岡大会の杉浦選手の試合後のコメントが事の発端でした。

「今、プロレスで勇気付ける、と言ったところで自己満足だと思うんですよ。今、必要なのは水であり、食料であり、物資。プロレスをやるなら夢のあるカードをやって、お客さんにたくさん観に来てもらって、その収益を義援金にすればいい。西日本では普通に生活ができているので、こうして興行をやって経済を循環させることも良いと思うんですけど、東日本だったら復興支援。言い方は悪いかもしれませんが、お金を作って送ってあげることだと思います。いつかライフラインがちゃんと復旧して、娯楽が楽しめるようになったら、僕らが試合をして元気付けられたらいいなと思います」

出典 http://beye2.com

元自衛官だった杉浦貴

実は杉浦選手はプロレス入りする前は自衛隊に在籍していました。

「自衛隊は五輪選手を輩出することがイメージ向上に繋がるので、ぼくも自衛隊の特別強化選手として10年間がんばりました。オリンピックがダメとわかると、選手の引退を勧められました。そうすると自衛官として生き残るか、或いは自衛隊を辞めて第二の人生に踏み出すしかない。公務員で生きるか?プロレスラーとしてリングに上がるのか?真剣に考えた時に、プロレスのリングに上がったほうが楽しいなと思ったんですね。」

出典ゴング3号 (発行:アイビーレコード 発売:徳間書店)

人命救助、復興支援にあたるかつての同僚達の姿を見て、プロレスをやる意義について葛藤があったと思われます。そんな中で飛び出したのがこのコメントでした。

その杉浦選手の発言に噛みついたのが鈴木選手でした。
「よく言った」という声もあれば、「プロレスのストーリーラインに震災を持ち込むな!」といった批判の声もありました。
鈴木選手の発言は物議や賛否両論を呼びました。

鈴木みのるとは…

鈴木 みのる(すずき みのる、本名・旧リングネーム:鈴木 実/読み同じ、1968年6月17日 - )は、日本のプロレスラー、総合格闘家。神奈川県横浜市出身。パンクラスMISSION、サンミュージックプロダクション所属。株式会社パイルドライバー代表取締役。

出典 https://ja.wikipedia.org

震災の現場にいた鈴木みのる

実は鈴木選手は東日本大震災が発生した時、奇しくも東北にいたのです。

その日、全日本プロレスのヒール軍団の巡業バスは、次大会の興業に向け、東北自動車道の橋桁の上を走っていた。すると突然、ある選手の携帯が鳴った。

「ウィンウィン、ウィンウィン…」
「……?」

呼び出し音ではない。メールの着信音でもない。それは長年使って来た携帯電話ながら、初めて耳にする音であった。その10秒後。

「!?」

バスは大きく上に浮き上がった。直後にもの凄い勢いで横に揺れ、振り回された。「停めろ!」急停車するが、揺れは収まらない。橋桁からバスごと落ちそうになる。窓から見える他の車が横転している。散乱する荷物。地面が揺れるという経験がないため、一層パニックになり、叫びわめくアメリカ人レスラー。聞き馴れない緊急事態を告げるエリアメールの数分後、ようやく揺れが収まり、車外に出ると、目の前の道路が40cmほど浮き上がっていた。衝撃で橋の継ぎ目が外れたのだ。
(中略)
その日、鈴木みのるも東北にいた。選手バスの中、車体こそ傾いたが、命は無事だった。車内で一泊し、東北巡業の中止が決定したことで、翌朝6時に東京に向けて出発した。目に入るのは、倒壊した家の前で泣き叫ぶ人達。長蛇の列が出来たコンビニの前で、「出来ればヨソへ行ってくれ!商品はもうない!」と叫ぶコンビニ店主。トイレを貸して貰おうと思えば、断水で使えなかった。そして、何度目かバスを停め、みのるが車外に出た時だった。

出典泣けるプロレス メモリアルマッチ: 心優しきレスラーたちの32のエピソード 瑞 佐富郎 著(アスペクト)

被災したプロレスファンの声を直に聞いた鈴木みのるは…

「鈴木選手!」

男性が話しかけてきた。

「昨日、プロレス、観に行く予定だったんですよ」
「……」
「でも、この町…こんなになっちゃいました…」
「……」

男性の背後には、荒涼とした平野が。地震が、津波が、全てを奪ってしまったのだ。
(中略)
「だけど」

震災地のその男性は、バスを降りたみのるに、こう続けたと言う。

「町は必ず、僕らが元通りにしますから!そしたらまた、プロレス、見せてくださいよ!」
「!」
「だから、今は無事に、東京へ帰って下さいね」

出典泣けるプロレス メモリアルマッチ: 心優しきレスラーたちの32のエピソード 瑞 佐富郎 著(アスペクト)

被災地で一人のプロレスファンの声を直に聞いた鈴木選手はプロレスで復興支援することを決意します。

「俺には何の力もないけど、そういう奴がひとりでもいるなら、俺は絶対にプロレスを捨てない。待っている人がいる限り、プロレスをやろう」

出典 http://mimi.sub.jp

maikai【小佐野景浩公認サイト】

杉浦貴の想い

杉浦選手は3月30日の東京スポーツ誌面でこのように反論しました。

「誤解されたくない。言葉の頭だけとって、ああいう形で言ってくるなんて…。正直、やられたなって思いが強い」

「今やるべきことは違う。食料が欲しい、水が欲しいという状況で、目に見えない勇気や元気はどうなのか、ということ。復興の兆しが見え、余暇を楽しむ余裕ができたときすることだと思う。その時には俺だって被災地へ行って試合がしたい」。

「イデオロギーを試合に絡めてほしくないし、言い争っても被災地には届かない。だが俺は試合で負けたのは事実。今はリベンジしたいだけ」


 震災直後に葛藤があったのは事実。だが考え抜いた結論が「今こそプロレス界が世間へ向くべき」だった。試合を続けて経済を動かし、復興資金となる税金を納め、義援金を募り、チャリティーマッチを開催する。今はプロレスファンだけでなく、被災者全体に向けて動くべきと考える。自衛隊出身の杉浦が現実的な考えを持つのは当然だ。

出典 http://beye2.com

鈴木みのるの「お前がプロレスの力を信じないで…」発言に杉浦貴が反論「目に見えない勇気や元気はどうなのか」
(03/31 NOAH)【プロレス専門ブラックアイ2】

結局、杉浦選手と鈴木選手の試合は2011年5月8日、プロレスリング・ノア有明コロシアム大会でGHCヘビー級王座を賭けて対戦することになりました。

鈴木みのるの想い

鈴木選手は試合の数日前、こんなことを話していたそうです。

「プロレスで水がない人の喉をうるおすことは出来ないんですよ。プロレスやったからって亡くなった人が戻ってくるわけじゃないんですよ。食料だって、水だって…物資は必要なんですよ。それは俺だってわかっている、バカじゃないんだから。でも、俺はあの時(3月27日のディファ有明)杉浦を目の前にして言わずにいられなかったし、言わなきゃいけなかった。ネットとかで試合の話題作りみたいに書かれたりもしたけどさ、俺は言わずにいられなかったし、俺が言わなきゃいけなかったんですよ。杉浦に指名されたけど、もうタイトルマッチなんかどうでもよかったんだ。なぜかって…それは杉浦とのタイトルマッチが終わったら言うかもしれないし…。いや、一生言わないままかもしれない。それはちょっとわからないけど…」

「杉浦っていうレスラーは嫌いなレスラーじゃないんだよ。どっちかっていったら好きかもしれない。気持ちのいい奴だしね」

出典 http://mimi.sub.jp

maikai【小佐野景浩公認サイト】

試合当日

2011年3月11日に起きた東日本大震災から約2ヶ月後の5月8日・有明コロシアムで杉浦貴vs鈴木みのるのGHCヘビー級選手権が行なわれた。

この試合が実現するまでに両者の意見は激しくぶつかりあった。当時の王者・杉浦選手は「被災地の方々の現状を最優先に考え、自己満足ではなく、復興のために出来る限りのことを行ない、娯楽を楽しめるくらいの余裕ができた頃に、被災地で試合を行ない。元気づけたい。」という率直な気持ちを語った。それに対して挑戦者・鈴木選手はこれまで「応援してくれた東北のファンのためにも、プロレスの力を信じてみんなの心を救うべきなのでは。」と杉浦選手を全否定した。

どちらも自身の葛藤を隠すことなく心の底からの気持ちだった。どちらの意見が正しいかではなく、両者とも被災地のことを思い、出た言葉。

そんな熱い気持ちを持った二人の戦いは観客の心を掴み、お互いの必殺技を繰り出すも3カウントを奪えず、試合終盤には張り手合戦でともにダウン。そして互いの拳を繰り出すまでに。最後はこの日3発目となるオリンピック予選スラムで決着のゴングが鳴った。

試合が終わるとノーサイドで握手が交わされ、有明コロシアムの場内は拍手に包まれた。

この勝利でV11を達成した杉浦選手は絶対王者と呼ばれた小橋建太選手の記録V13に向けて更なる歩みを続ける一戦となった。

出典 http://www.noah.co.jp

【心に残る有コロ】2011年5月8日GHCヘビー級選手権試合「(選手権者)杉浦貴 vs 鈴木みのる(挑戦者)」【プロレスリング・ノア公式サイト】

2011年5月8日GHCヘビー級選手権試合「(選手権者)杉浦貴 vs 鈴木みのる(挑戦者)」
○杉浦 貴(28分15秒 オリンピック予選スラム→片エビ固め)鈴木みのる×
※杉浦 貴が11度目の防衛に成功

試合後の二人

試合後、みのるから握手を求め、何かを言った。杉浦はコメントルームで、それを明かした。

「『プロレス、盛り上げようなって』って…。そういう気持ちは僕も一緒ですよ。言葉のニュアンスの違いとかあったけど、根本は一緒ですよ」
(中略)
試合後、みのるは語った。
「今、日本に何が起きているのか。俺だって、バカじゃないんだから、わかるよ…。俺のプロレスが喉渇いた人の喉を潤すなんて、これっぽっちも思ってない。俺は神様じゅないんだから」

時折、みのるは声は詰まった。

「ただ、待ってくれてる奴が一人でもいる以上、俺、絶対にプロレスを捨てちゃダメだと思ったんだよ」
(中略)
そして、会見をこう締めた。

「明日からまた東北に(試合で)行ってくるわ。いっぱい人が待ってるからな!」

そう言うと、"世界一性格の悪い男"は少しだけ笑った。

出典泣けるプロレス メモリアルマッチ: 心優しきレスラーたちの32のエピソード 瑞 佐富郎 著(アスペクト)

試合は壮絶なものになりました。名勝負というより二人の信念、覚悟、生き様がぶつかり、心の叫びが聞こえるような重厚なプロレスでした。

二人がこの試合で体現したものは、プロレスというジャンルが持つ不思議な底力でした。

復興支援のために鈴木みのるは動いた!

鈴木みのる選手は2011年6月25日に自らが主催して東日本大震災復興支援チャリティー興行「PILEDRIVER charity project カウント2.9 ~さあ、ここから~」を開催しました。

2011年3月11日に起きた東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)のチャリティーイベントとして開催が決定。

スタッフ・選手がノーギャラで参加する。
試合カード発表前に前売券が完売してしまったため追加発売が決定した。
大会名 : PILEDRIVER charity project カウント2.9 ~さあ、ここから~
開催日時 : 2011年6月25日
開催場所 : 新宿フェイス
観客 : 超満員札止め。(前売・追加・当日立見、完売。)
主催 : パイルドライバー チャリティープロジェクト実行委員会

興行収益は、2011年7月7日付けの鈴木の公式ブログで、日本赤十字社の「東北地方太平洋沖地震宛」に募金したと公表した(チケット売上、グッズ売上、義援金プロジェクトの売上などの、「総収入」から、会場費、その他の「必要経費」を引いた利益額)。その後、マスコミ非公開の興行を宮城県気仙沼で開催した。前もってその際の募金は、義捐金にはせず、次回の被災地での大会資金にすると公言した。

出典 https://ja.wikipedia.org

杉浦選手と鈴木選手はこの一件でイデオロギーは多少違えど「プロレスを盛り上げたい」、「震災で意気消沈した世の中をプロレスで何かしなければ…」という信念は一緒でした。

二人の被災地への想いは今後もプロレスラーとして試合をし続ける限り、継続されていくのです。

その後の二人…今度は互いの存在意義を賭けて…

2015年1月、プロレスリング・ノアに鈴木みのる率いる鈴木軍が来襲しました。

3月に丸藤正道選手を破り、GHCヘビー級王座を獲得した鈴木選手はノアを縦横無尽に暴れまわり、ノアマットを席巻し、プロレス界全体の中心人物に躍り出ました。

そんな鈴木選手の暴走に立ちはだかったのが、杉浦選手でした。
杉浦選手はノア最後の砦でした。

「おい!おい!わかってんだろうな?俺が来たのを。俺のこと忘れてねぇよな?おい!俺がこいつからベルト取り戻すからよ!」

出典 http://www.noah.co.jp

プロレスリング・ノア公式サイト

鈴木選手はこのように語りました。

「プロレスリング・ノア強さの象徴、杉浦貴。俺はなお前が来るのをずっと待ってたんだよ。俺がノアに来た本当の理由、それはな、てめぇをぶちのめすためだ!!お前忘れてねぇよな、あの時な、お前が俺に勝って俺はここを去った。お前はお前の意見が正しいとされた。俺はお前なんかこれっぽっちも許しちゃいねぇんだよ!!てめぇの首取りにこのノアまで来たんだよ。やるか?やるか?おい!王様ゲーム最終回、鈴木みのる対杉浦貴、決定だ!」

「GREAT VOYAGE 2015 in OSAKA」~プロレスリング・ノア旗揚げ15周年記念大会 vol.2~
2015年9月19日(土)17時00分試合開始 大阪府立体育会館大会
GHCヘビー級選手権試合 60分1本勝負
(第23代選手権者)鈴木みのる(鈴木軍)vs (挑戦者)杉浦 貴(NO MERCY)

2011年の震災後に行われた「プロレスの存在意義」を体現するために一騎打ちを行った杉浦選手と鈴木選手。あれから4年…今度は互いに立場が変わりましたが、再び「存在意義」を賭けてシングルマッチを行うことになりました。

二人は「プロレスリング・ノア」と「鈴木軍」、「杉浦貴」と「鈴木みのる」という団体と個人の威信と存在意義を賭けて闘うのです。

2005年の総合格闘技PRIDEの吉田秀彦VS小川直也の煽りVTRのテーマはこちらのフレーズでした。

「生き様を倒すのは、生き様」

2015年9月19日、大阪の地で杉浦貴選手と鈴木みのる選手は再び、生き様をぶつけあいます。

今度はどのような試合や結末になるのか?
再びプロレスの底力が爆発するのか?
その後の二人と互いに背負う団体や軍団はどんな運命を辿るのか?

答えはプロレスの神様のみが知るのかもしれません…。

2015年9月19日の杉浦貴VS鈴木みのる

<GHCヘビー級選手権試合>
○[王者]鈴木みのる
(29分19秒 ゴッチ式パイルドライバー→体固め)
●[挑戦者]杉浦貴
※4度目の防衛に成功

ノア「旗揚げ15周年記念大会vol.2」が19日、大阪・エディオンアリーナ大阪で行われ、王者・鈴木みのると挑戦者・杉浦貴のGHCヘビー級王座選手権は、みのるが壮絶なしばきあいを制して4度目の防衛に成功した。杉浦戦でのノア撤退を公言していたみのるだが、試合後リングを取り囲んだノア勢に対して「オレが1対1で全員とやってやる。ひとりでも勝ったらベルトはくれてやる。ひとりも勝てなかったらてめーらの手でノアは解散だ」と通告すると、「鈴木軍、イチバーン」と勝利の雄叫びを上げた。

出典 http://sports.yahoo.co.jp

GHC王者みのる、杉浦とのしばきあい制す 4度目の防衛成功で「鈴木軍イチバーン!」スポーツナビ 9月20日

杉浦貴選手と鈴木みのる選手。

次の一騎打ちはどんなシチュエーションで巡り合うのでしょうか?

ノアVS鈴木軍の生存闘争はまだ続きそうです。

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