富山県で、毎年8月15日の『終戦記念日』の早朝に、海の清掃活動をしておられる男性がいます。「なにかのボランティア団体の方ですか?」とたずねると、「違うんです。自分のためにやっているんです。」と答える男性。その理由とは?

償いの方法を求めて・・・

たまたま8月15日に、海辺で見かけた、ゴミを1人で黙々と拾っていたこの男性。はじめは「どうして拾っているのか?」という問いに言葉を濁すばかりで、なかなか答えてくれませんでした。何度か会ううちに、ようやく答えてくれました。

彼は、2001年に死亡事故を起こしてしまいました。営業車で外回り中、道路に飛び出してきた初老の男性をはねてしまったそうです。それからというもの、ずっと自分を責め続け、償いの方法を探し続けました。そして、2004年、アーティストのCoccoさんが『ゴミゼロ大実践』という海の清掃活動をされていることを知り、以来、彼も海の清掃活動を始めたそうです。

3つの責任を果たしても償いきれない罪

死亡事故を起こした人間は、『3つの責任』を果たすことになります。
『刑事責任』、『民事責任』、『行政処分』。

『行政処分』で、彼は運転免許を取り消しになりました。当時は、営業車を運転できず、自転車で営業を続けたそうですが、業績が悪化し、辞職せざるをえなかったそうです。次に『民事責任』。亡くなった相手はホームレスの方だったそうですが、それでも親族が見つかり、損害賠償を支払うことに。でも、これは、車の保険で支払われたそうです。

そして、最後に『刑事責任』。当時の交通違反の罰金・最高額50万円の支払い命令が下されたそうですが、彼は貯金のすべてを相手の親族へ『香典』として渡してしまったあとで、とても罰金が払えなかったそうです。払えない場合は、一日5千円の計算で100日間の禁固刑を受けなければならず、彼はすすんで刑務所へ行くつもりでしたが、彼の母親が泣きながら怒鳴ったそうです。「私が(お金を)貸してあげるから、あんたは、もうこれ以上、自分を責めないで!」と。

「母親から平手打ちをくらいました。今でもたまに夢に見るんですが、当時は寝るたびに、事故の瞬間の夢を見てしまって、怖くて眠れない日々を過ごしていました。職を失っていたので2つのバイトを始めて、早朝から深夜まで、わざと寝ないようなスケジュールにして働いていました。その頃、母親には自分のことをあまり話すほうではなかったけど、母親は俺が自分を追い込んでいることに気づいていたんですね。」と彼は話してくれました。

お母さんにとって、自分の子供が自責の念で押し潰されている姿を見守るのは・・・平手打ちをした手のほうが、きっと痛かったことでしょう。

この世に許してくれる相手がいない・・・

「償いは、どんなに心血を注ごうとも、誰かが許すこと無しでは成し得ない。」
これは、ある漫画の中のセリフらしいのですが、ずっと彼の中に残っている言葉らしいです。

『ゴミゼロ大実践』に至るまで・・・最初の数年間は、死ぬことばかり考えていたそうです。死んで詫びようと。「でも、そのたびに思い直しました。ただ自分が罪悪感から、この苦しみから抜け出したいがために死ぬのは償いではないんだと。自分はラクになってはいけない。このまま命ある限り、苦しみ、もがき続けなければならないと思い直しました。」と話してくれた彼。自殺を思いとどまっても、自分に罰を与えるために自傷行為を繰り返していたそうです。彼の顔には、うっすらと十字傷が残っていました。ある意味、罪悪感が強すぎたために、彼は生き残ってきたように感じました。

「出家(お坊さんになること)も考えました。でも、母親に「それがあんたの幸せの道ならそうすればいい。あんたの幸せが私の幸せ。あんたが不幸の道へ行ったら私も不幸になると思ってね」と言われて、考え直しました。母親と二人暮らしだったし、今まで苦労をかけた母親を残して出家はできないと思い直しました。」と話す彼。彼のお母さんの愛を感じるお話でした。

「ゴミゼロ大実践を知った当初は、仕事が休みの日に必ず来てました。晴れてても雨が降ってても雪が降ってても。でも、いろんな人に出会い、いろんな温かい心に触れ、『週に一度』実行していたのが『月に一度』になり、ここ数年は、『年に一度』になりました。」と話す彼。きっと10年以上かけて、彼の中で、すこしずつ『自分を許す』という気持ちが出来ていったんでしょうね。

海で出会った心優しい人たち

海で清掃活動をしている間、いろんな人から声をかけてもらったそうです。
「散歩をしている方々や、ジョギングしている方々に、ご苦労様とかお疲れ様って声をかけてもらうたびに、申し訳ない気持ちになっていました。ボランティアじゃなく、ただ償いのために、自分のためにしていることなのに。本当は、ねぎらいを受けるべき人間じゃないのにって思って。」という彼。海で清掃活動している彼が、こんな思いでゴミを拾っているなんて、誰も思いませんよね。

「ゴミゼロを始めた頃、ウィンドサーフィンをしているおじさんに出会って、その人とは、何度もこの海で出会いました。冬の寒い時期、温かいお茶やスープをねぎらってくれたり、夏の猛暑日には、冷たいお茶をくれたり。その人にはいろいろお話を聞いたり聞かれたりしたので、自分のことを話してしまいました。それでも、応援してくれて。今はほとんど出会えませんが、本当に温かいおじさんでした。」とか。賛否両論あると思いますが、彼の事情を知ってもなお、応援してくれる温かい人たちがいるんですね。

小さな未来からの大きな声援

「数年前の秋のある日、いつものようにゴミを拾っていたら、背後のほうの遠くから、大きな声で「がんばってくださーーーい!」って、子供の声が聞こえてきたんです。」

「驚いて、声がした方向へ振り向いたら・・・」

「数十m離れた散歩道を小学生数人が自転車で走行中で。その少年たちが、こちらに向かって手を振っていたんですよ。あまりにも突然すぎて、返事をすることも、手を振り返すこともできずに、ただ、少年たちに向かって、深々とお辞儀をしました。」

「それまで自分より年配のおじさんやおばさんに労いの言葉をかけてもらったことはあっても、未来を担う少年たちから温かい声援を受けたことは初めてだったので、泣きました。嬉しくて、嬉しくて・・・でも、やっぱり申し訳なくて。お辞儀しながら「ありがとう」と「ごめんなさい」を心の中で言いました。」と語ってくれた彼。子供の純粋な声援は彼の心に相当響いたようですね。

天使のような女性との出会い

「また違う年の夏のある日、いつものようにゴミを拾っていたら、いつの間にか散歩道に自転車が置いてあって「さっきまでなかったのに誰のかな」と辺りを見渡してみたら・・・」

「振り向いたら、いつの間にか俺の後ろで、18~20歳ぐらいの若くてキレイな女性が、ゴミっぽい物を拾っていたんです。でも、ありえないって思いました。きっとゴミじゃなく貝殻でも拾っているのかもって思い直しました。俺は、その女性に背中を向けてゴミ拾いを再開したんです。」

「でも、その女性は、なかなか帰りませんでした。そして、なんとなく、それがもう貝殻とかじゃなくて、ゴミであることが分かってしまって・・・」

「30分経っても、なかなか帰ろうとしなくて。そして炎天下だったから、ちょっと心配になって、チラって見てたら、彼女もコチラの様子をうかがうように、チラっと見てきて。それでも俺は目を合わせないように、顔を合わせないようにしてました。」

「どうして、そんなに頑なに無視し続けたんですか?」と聞いてみたら、
「やっぱり自分のやっていることが、世の中のためじゃなく償いのためだからです。その女性も、海で出会った人たちと同じく、俺がボランティアでやっていることだと勘違いしてしまったんだろうと感じました。そして、当時は、なるべく他人との接触を避けていたんです。自分に関わると、みんな不幸になるって、不幸になるのは俺だけでいいって本気で思っていたので。」

「1時間くらいして彼女は帰っていきました。なんとなく、一礼してから帰っていった気配を感じていました。」

「結局、俺からも、彼女からも、お互いに声をかけることもありませんでした。彼女が拾ってくれたゴミは、一箇所にまとめてありました。本当は、俺が持っているゴミ袋に入れたかったでしょうね。」

「彼女が集めてくれたゴミを回収しようと、そこへ近づいたら・・・」

「ゴミのそばの砂に、大きな文字で「ありがとう」って書いてあって。その場で、号泣してしまいました。あぁ、俺は、なんてバカなんだろうって。1時間もいっしょにゴミを拾ってくれた恩人に対して、なんて失礼な態度をとってしまったんだろうって。申し訳なくて、申し訳なくて、また自分を責めてしまいました。」と語る彼。

「その後、その天使のような彼女と再会は?」と聞きましたが、「いいえ、彼女とはそれっきりです。はっきりと顔を直視したわけじゃないので、顔も覚えていません。」とか。本当に、人とのご縁は『一期一会』ですね。そのことがあってから、彼はお礼を言えるときは後回しにせず、すぐに伝えるようになったそうです。

海のゴミで一番多いのは【タバコの吸殻】

彼が今まで拾ってきた海のゴミで、一番多いのが『タバコ』だそうです。2番目に多いのは『釣り道具』、夏なら『花火の残骸』。3番目は『ペットボトル』だそうです。拾い始めた当初は『空き缶』もそこそこ多かったみたいですが、最近では『缶』よりも『ペットボトル』が多いそうです。

珍しいゴミも!?

ゴミ拾いしていると珍しい物にも出会うそうです。中国語?韓国語?で書いてある『洗剤の容器』とか『お菓子の袋』とか。空気でふくらませるゴム製の奥さん型の人形?とか(笑) 「こんな長くて太いモノが人の体の中に入るのか?」ってくらい巨大な大人のオモチャとか(笑) 拾った『ペットボトル』の中に手紙が入っていたこともあるそうです。ですが内容はロマンチックなものではなく、どこかの病院の医者の『裏』を暴露した内容だったとか。

「どんどん物が増えて、捨てるときの分別が細かくなってきたから、それが面倒で、持ち帰らない人たちがいるんだと思います。実際、これらを持ち帰ってから分別するんですが、けっこう面倒です。」という彼。すでに悪臭を放ち始めているゴミの分別は、たしかに大変そうですね。

罪と向き合う心の在り方

出典 YouTube

「これからも、この罪滅ぼしは続けていくんですか?」と聞くと、「分かりません」と答えた彼。「ゴミゼロを始めて、数年後、インターネットで、さだまさしさんの『償い』という歌を知りました。そのときは号泣して、この活動を、頑なに続けていくことを覚悟したものでしたが・・・」

娘のために

「人を殺しておいて、自分が幸せになるなんて有り得ない、と。ノウノウと生きてしまっていること自体が許せない時期もありました。そんな罪悪感を少しでも和らげるために・・・この世に少しでも貢献してるなら生きててもいいと思いたいがために・・・そんな自分勝手な思いのために始めた清掃活動でした。

自分を許そうという気持ちが強くなっている今も、まだ、許せない気持ちが残っています。・・・でも『自分を許せない』ということは、『自分を大切にしていない』ということです。俺は、不幸になるべきだと思っていたので、もう生きているだけで幸せを感じれるようになってて、どんなささいな日常でも幸せだなと感じれるのですが、それゆえに、これだけ幸せになったし、もういつ死んでもいいとさえ思ってしまうことがあります。

でも、娘が最近、よく喋るようになってきて。仕事へ出かける際に「すぐ帰ってくるの?」と言われたときに気づいたんです。帰りを待っててくれる人がいる。俺はどんなことがあっても、この子の元へ帰ってこなければ、と強く思えるようになりました。自分を大切にすることが、家族を、娘を大切にすることでもあると。

こうなってくると、俺にとって、清掃活動は、もう意味がない気もしています。どんなにやっても償ったことにはならないし。頑なにこの活動をすることによって、家族が悲しんだり、ツライ目に遭うなら、本末転倒だと思うし。

だから、これからも続けていくかは、分かりません。今年で終わりにしてもいいし、来年こそは、償いではなく、ボランティアとして続けてもいいし。誰にも「やれ」って言われてないし、誰にも「やめろ」とも言われてないし。自分で決めていることなんですよね。でも、今は、まだ来年の自分の気持ちが分かりません。」と語ってくれた彼。

これまでも、多くの人に「自分を許してあげて」と言われてきたそうですが、俺も言ってあげたい気持ちになりました。それでも、彼は、まだ完全に自分を許せないそうです。「許すか、許さないか」。これは、もう、当事者ではない俺たち他人が判断したり、決めつけたりするものではないのでしょうね。いつの日か、8月15日の『終戦記念日』の海で、『平和の9条Tシャツ』を着た彼を見かけなくなる日がくることを、俺は勝手に願ってしまいます。それまでに、ゴミも無くなればいいですね。そして、彼のためにも『終戦記念日』がなくならない日本でいてほしいと願います。

※この記事は、彼の許可を得て公開しております。
「毎年、交通事故の死亡者数がここ富山県だけでも何千人もいます。その被害者の数だけ加害者もいます。もし、自責の念で苦しむ人がいるなら・・・1人で抱え込まないでと伝えたいです。」と彼は言ってました。

この記事を書いたユーザー

道小島大五郎 このユーザーの他の記事を見る

芸名ではなく本名「みちこじまだいごろう」。本業は『絵描き士』。屋号は『D56』。
今までに、ありえないタイミングで笑いの神様に愛されてしまい、世界一タイミング悪い男として、自他共に認められている。ブログに掲載している爆笑エピソードは100を超えている。
http://ameblo.jp/goromichi/

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