「ジョーズ」「E.T」「インディジョーンズ」「シンドラーのリスト」など数々のヒット作を生み出したアメリカの映画監督・プロデューサーのスティーブン・スピルバーグ。60歳の時に学習障害の一つ、「ディスレクシア」と診断されたことを告白しました。

ディスレクシアは「長い間ずっと謎だった最後の1ピース」

出典 http://www.dreamworksstudios.com

スティーブン・スピルバーグが子供のころには、ディスレクシアという概念もなく、当然それを診断する医師もいませんでした。そのためにさまざまな苦労をしたと振り返っています。

■ディスレクシアとは

「うすのろ」と言われた子ども時代。学校は大嫌いだった

勉強も運動もできないユダヤ人。僕はいじめの格好のターゲットだった。

出典 http://www.childmind.org

クラスメイトから”うすのろ”という渾名(あだな)がつけられてしまいます。スティーブンの下唇がやや突き出し、いつも半開きのようにみえた口許(くちもと)がそうした勝手なイメージを与えてしまいました。

出典 http://d.hatena.ne.jp

小学校時代、授業についていけず2年遅れでようやく卒業した。勉強ができないからクラスメイトからもいじめられた。長い間そういう状態に耐えなければならなかったんだ。

出典 http://www.excite.co.jp

スティーブン・スピルバーグの子供時代にはディスレクシアという概念はなく、教師には「怠けている」「努力が足りない」と思われることがしばしばでした。文字を読むのに非常に時間がかかるので、人前で教科書を読むのをとても苦痛に感じていたそうです。

中学になるとそのいじめはエスカレートする

出典 http://www.motherjones.com

『ジョーズ』スティーブン・スピルバーグ監督(1975)
観光客でにぎわう平和なビーチを巨大ホオジロサメが襲う。町の人々はこの鮫をなんとか退治しようと格闘するが・・・・。

スティーブン・スピルバーグはス学習障害を持つ青少年のためのウェブサイトFriends of Quinnのインタビューでディスレクシアであることをカミングアウトします。そのインタビューの中でいじめとディスクレシア、映画のことについて語っています。

(一番つらかった学生時代はいつですか?の問いに)
中学時代かな・・多分、7年生か8年生か、あとは高学年のころだと思う。まだ自分の視点でしか物事を見られない子供は時に非情で、自分が何をしていのかすらわかっていない。今大人になって振り返ってみて、それを恨むことはないし、今となればそれもわかる。けれども、中学時代が一番厳しかったと思う。

出典 https://www.youtube.com

スティーブン・スピルバーグの救いは映画

スティーブン・スピルバーグが13歳のころ、父親から8mmカメラをプレゼントされました。このころから映画を作ることに没頭していきます。

それは『映画を作ることでいじめの辛さを忘れることができた』から。

自作のサイレント映画をボーイスカウトの仲間たちに見せたんです。

そうしたら、私の映画を見てみんなが大笑いしたり、手を叩いたりして大いに盛り上がったんですよ。その時に初めてうわっ!もっと映画を作りたい。もっともっとみんなのリアクションが見たい。映画って、こんなにも人に影響を与えるものなんだと思ったのです。

出典 http://www.nhk.or.jp

初めて「自分の作った映画で人が喜ぶ」ことに喜びを感じるようになりました。その後はカリフォルニア州立大学で映画を専攻する傍ら、ユニバーサルスタジオに通いつめて在学中にユニバーサルスタジオの編集部門でのインターン契約を結びます。これをきっかけに大学を中退し、本格的に映像製作をスタートさせました。

いじめの経験があってこそ生まれたグーニーズ

出典 http://wrennswritebrainers.com

『グーニーズ』スティーブン・スピルバーグ製作総指(1985)
マイキーが偶然見つけた宝の地図は伝説の海賊「片目のウィリー」のものだった。マイキーはおちこぼれ少年団「グーニーズ」を率いて、その財宝を探し求めて冒険する・・。

「自分はまさにグーニーズの一員だった」
自分と同じようにスポーツが苦手だったり、ちょっと変わった友だちとうまが合った。その交友関係はまさに自分が作成した映画『グーニーズ』そのものだった。

出典 http://abcnews.go.com

正直な作品を作りたい
インディ・ジョーンズのような友だちがほしいという願望や、父親と夜空を眺めたときに感じた未知への憧れ(『未知との遭遇』)さらに、いじめのようなつらい体験、自分の胸の中に存在している感情を正直に映画に反映させることで、多くの観客の共感を得ることができるとスティーブン・スピルバーグは語っています。

映画とは心臓に血液を送り続け、私が生きていくためのもの

出典 http://www.biography.com

私は日々、映画を製作しながらこうして未知の世界への扉を開いているのです。
向こうには何があるのか分かりません。でも、その扉を開けなければ私は生きていけないでしょう。 初めて映画を作った12歳のときと同じですよ。 私は65歳になった今でもそのときと同じようなワクワクした気持ちで毎朝、目を覚ましているんです。

出典 http://www.nhk.or.jp

今でも文字を読むのは苦手で、人の2倍、3倍の時間がかかるというスピルバーグ監督。それでもゆっくり時間をかけて読むおかげで、人より文章を深く理解し、味わう力があるのだとか。それも長年の苦労の中で培った力なのでしょうね。

スピルバーグ監督からLD(もしくはその他の障害)を持つ君へ

君は一人じゃない。一生ディスレクシアとは付き合っていかなくてはならないけれど、雨粒をかいくぐってでも自分の行きたいところへ行くことはできる。ディスクレシアだからといってためらうことはないのです。

出典 http://www.additudemag.com

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Lucas このユーザーの他の記事を見る

発達障害(ADD・注意欠陥障害)の子供がいます。発達障害のことや料理、旅行のことなど自分の気になる諸々を記事にしていけたらと思っています。*海外の記事は意味が外れすぎない範疇で簡略・意訳してあります。

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