日本一熱いプロレス実況アナウンサー

この写真の右側の男性は元日本テレビアナウンサーの若林健治さんです。
(左側の男性は元週刊ゴング編集長の小佐野景浩さんです。)

若林さんは1984年~1994年の10年間、「全日本プロレス中継」(日本テレビ系)の実況アナウンサーとして活躍しました。

若林さんは数々の名実況を残しました。
元々プロレスファンだった彼の熱いフレーズの数々は、全国のプロレスファンに感動を与え、多くの支持を集めました。

「プロレスを愛するなら、プロレスを守れ!」

「紙吹雪の中、超獣が泣いています!」(1988年3月27日、ブロディvs鶴田戦にて)

「“イカ天”とは“イカす天龍”のことであります!」(東京ドームの天龍vsサベージ戦で)

「おー!! マスクを脱いだー!! タイガーマスク、マスクを脱いだー!」(三沢がマスクを脱いだ瞬間)

「類似品にご注意ください!」(SWS旗揚げ戦の日に行われた6人タッグで)

「鬼か、魔物か、怪物か!」(1991年4月18日、ジャンボ鶴田vs三沢光晴の三冠ヘビー級選手権で、ジャンボ鶴田に対して)

「ありがとう、ありがとう、汚れた顔の天使たち!」(1991年4月18日、ジャンボ鶴田vs三沢光晴の三冠ヘビー級選手権の試合中)

「プロレスとは、裸の詩(うた)、心の詩、漢の詩、涙の詩、魂の詩!」

「時代が先か、君が先か、こみ上げてくる気持ちにしかできないことがある!」

「鶴田の時代は終わっていない。しかし三沢時代はもう始まっています!」(1991年4月18日、ジャンボ鶴田vs三沢光晴の三冠ヘビー級選手権で、鶴田の入場の時)

「何でもアリがプロレスです!何でもアリがプロレスです!」(2000年5月26日、小橋健太vs高山善廣の三冠戦で両者が殴り合いを展開したシーンで。これが全日本旧体制での最後の三冠戦となった)

「優勝はかかっていませんが俺たちの決勝戦!」

「竹内さん、我々の夢がかないましたね!」「このコンビの夢を何回見ましたかねえ!」(馬場とアンドレ・ザ・ジャイアントの初タッグで、竹内宏介と)

「流した汗は嘘をつかない!」

「解説は魂の解説!竹内宏介さんです」(週刊ゴングの人気ページ「三者三様」を意識したもの)

「魂の徳光さん!」(東京ドームでシェリー・マーテルと舌戦を繰り広げた大先輩の徳光和夫に対して)

「三沢が勝った〜三沢が勝った〜、全日本に新しい時代到来!ニューヒーロー誕生!」(鶴田対三沢で三沢が勝利した時の実況。「三沢が勝った〜」は涙声に聞こえる)

「乾坤一擲」

「胸突き八丁」

出典 https://ja.wikipedia.org

若林さんとプロレスファンの怒り

そんな若林さんがとあるきっかけで、プロレス実況から離れることになりました。

それは「全日本プロレス中継」の放送時間が縮小し、実況席で若林さんがこの一件に抗議してしまったからです。
(1994年4月から放送時間が1時間から30分に縮小し、番組名を「全日本プロレス中継30」と改める)

「戻せ、一時間」
「30分が悔しいんです」

遂には若林さんは編集局長を実況で名指しで批判してしまいました。
若林さんの怒りはプロレスファンの怒りでした。

しかし、放送局には縮小した事情もありました。
組織の中に属している若林さんの発言は物議を呼びました。

1995年に日本テレビ系列のラジオ日本に出向することとなりました。
プロレスから離れた若林さんはラジオ番組のDJとして活動しますが、やはり募るプロレスへの熱い思い…。

「もうプロレス実況はできないのか…」

そんな若林さんを救ったのはプロレスファンの力でした。

「若林健治アナ全日本プロレス中継実況復活計画参加します。あのプロレスへの愛情あふれる中継、叙情詩を思わせ、感動を与える実況、復活を希望します。 」

「プロレスの実況は野球やサッカーの実況の様に状況説明をするだけでは成り立たないと思います。 本当に感情のこもった実況でなければならないと思います。 そしてそれができるのは、本当にプロレスの好きな若林アナだと思います。 ですから若林アナのプロレス中継復帰を希望します。 」

「我々ファンにとって「全日本プロレス中継」の時間枠短縮と同様いや、それ以上に若林健治さんの降板は大ダメージなのです。 色々な問題があるかもしれませんが、どうか若林さんを実況席へと戻して下さい。 お願いします。 」

「僕は19歳の美大生です。僕は若林アナの実況をもう1度聴きたい。僕は実況もプロレスだと思います。僕は全日本プロレスが好きです。僕は若林アナの名ゼリフに感動しました。僕は若林アナの裏がえった声に感動しました。僕は若林アナの実況が聴きたい。」

「若林アナの実況のファンは全国に大勢いるはずです。同時に中継の60分枠復帰も強く希望致します。」

「私も若林健治アナウンサーの実況が大好きでした。若林さんに1日でも早く実況席に戻って来て欲しい!若林さんの実況がもう一度聴きたい!と強く願っています!!」

「若林アナには早く戻って来てほしいと日頃から思っています。”マンモス”復活を応援致します。頑張って下さいね。」

「最近、入って間もないアナウンサーが実況をする事が多い、全日本プロテレビ中継。この放送は、若林アナがやっていた時とはひと味やふた味いやそれ以上、聞く側にとっては、実況から感じ取れるものがない。若林アナだったら、人間的な感情が、画面から、アフレでるくらい感じられた。そう、画面上でも、自分がリングサイドで、見ているような錯覚を起こしてくれるアナウンサーだ。是非また、あの実況を聞きたい。復活を願う!」

「私は静岡に住む全日ファンの者です。週刊プロレスの欄外に出ていた”若林さんの復活を希望する”会の存在を知り非常に熱い情熱が心にわいてきました。視聴率の関係で1時間から30分番組に変わった事に対して反対したからと言って左遷はひどいと思う。何とぞ日本テレビの人、若林アナをプロレスの実況にもどしてください。」

「いつも全日本プロレス中継を楽しく見ています。プロレス中継を見始めて15年ぐらいになりますが、ほとんど欠かさず見ています。しかし昔からのプロレスファンにとって今のプロレス中継は物足りません。それは時間の短縮もさることながら若林アナウンサーがいないからです。 若林アナウンサーの実況は正確で、単なる仕事としてやっているのではなくプロレスに対する愛情を感じられファンにとってはとても信頼のできるものでした。また若林アナウンサーの実況が聞きたいのです。 若林アナウンサーのまじめなキャラクターは、今の時代にはかえっておもしろみがあり貴重な存在だと思います。プロレス中継の実況に若林アナウンサーを復活させて下さるようぜひお願いいたします。」

「若林アナウンサーが全日本プロレス中継の実況を離れてから、2年になりますが、若林さんが実況を離れてからのプロレス中継は何か物足りません。 最近は、若いアナウンサーの方々が実況をされてますがただレスラーの出した技の名前を並べて叫んでいるだけで、プロレスに対する気持ちが伝わってきません。若林さんの実況にはプロレス・レスラーに対する情熱、愛情がテレビの画面を通して感じ取ることが出来ました。そして視聴者をテレビに引きつける力が若林さんの実況にはあったと思います。全日本プロレスも、若い人の力が目立ち始め、これから、もっともっと、リング上での戦いが熱くなっていくと思います。新しいファン(視聴者)を獲得するためにも、リング上での熱い戦いとともに、若林さんの熱い実況が必要になってくると思います。若林アナウンサーの全日本プロレス中継の実況復帰を願っているファンは多いと思いますので『若林アナウンサー実況復活』どうぞ、よろしくお願いいたします。」

「プロレス界のブランド品”全日本プロレス”、ファンの一人としてその実況を任せられるのは、”熱血実況”若林アナしかおりません。一日も早い番組復帰を強く希望します。」

「僕も、もう一度全日本プロレスを愛している若林さんの実況を絶対、ききたいです。 署名運動協力します。」

出典 http://www.geocities.co.jp

個人サイトで若林さん復帰運動が起こりました。
ファンは若林さんの復帰を首を長くして待っていました。

1998年に日本テレビに復帰すると、「若林をプロレス中継に戻してほしい」というファンからのはがき、電話、メールが殺到しました。

その数は実に1万にも及びました。

前代未聞の復帰

そして、1999年10月31日、全日本プロレス・日本武道館大会で若林さんはプロレス実況復帰を果たしました。

若林さんはプロレスファンの力でプロレス実況に復帰した史上初のアナウンサーとなりました。

「放送の歴史の中で、ファンの声で担当する番組に復帰できたのは僕だけだと思うんです。これは誇りにしています。」

若林さんは当時のことをこのように振り返っています。

久しぶりに実況席に戻ってきた若林さんはプロレスファンからの大歓声に迎えられました。

そして自然と「若林」コールが発生しました。

万感の想いの若林さんの実況復帰第一声、それは…

「日の丸の向こうにジャイアント馬場さんの姿が見えます」

1999年1月に逝去した全日本プロレス・ジャイアント馬場さん。
若林さんは少年時代から馬場さんの大ファンでした。
放送席で若林さんは解説者・馬場さんと数多くの試合を実況してきました。
馬場さんがこの世を去ったとき、若林さんはまだプロレス実況の舞台には戻ってきていませんでした。

若林さんはその無念と鎮魂の想いがこの第一声に繋がったのです。
若林さんらしい素晴らしい名実況でした。

現在の若林さん

若林さんは2008年に日本テレビを退社し、フリーアナウンサーとなりました。
フリーとしてあらゆるプロレス団体の実況を担当しました。

現在、若林さんは後進のアナウンサー育成に力を入れています。念願だったアナウンススクールを新宿し、多数の内定者とアナウンサーを輩出しています。

プロレスファンの力で復帰することができたアナウンサー・若林健治さん。
プロレスの神様に愛された実況者。
彼はその恩を感じながら、フリーランスとして活動しています。

若林さんの現場復帰に至るドラマ…それはファンが物事を動かした奇跡と言えるかもしれません。

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