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皆さんは、北朝鮮にどんなイメージを持っていますか?

おそらく閉鎖的であるとか、あまり良いイメージを持っていない方が多いのではないでしょうか。

閉鎖的な国であるが故に、実際に北朝鮮に住まう人々の暮らしぶりというのを知る機会がないとも言えます。

そこで今回は、北朝鮮から脱北した方による北朝鮮での暮らしや、脱北後の生活について紹介したいと思います。

13歳で脱北したパク・ヨンミさん

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パクさんは、13歳で祖国である北朝鮮から脱北しました。13歳と言えば、日本ではまだ中学校1年生です…。

中国を経由し、韓国に亡命したのは17歳の時でした。

現在人権活動家として活躍するパクさんは、北朝鮮での生活について次のように語っています。

これから私が話すことは、自分のために話すのではなく、彼らが言いたいことを世界に伝えるために話します。

北朝鮮は想像できないことがある国です。TVは1つしかチャンネルがありません。インターネットもありません。

私たちは自由に歌ったり、話したり、服を着たり、考えたりすることも自由にできませんでした。

許可なく国際電話をすると処刑される世界で唯一の国です。

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テレビのチャンネルは1つだけ…情報が統制されていることが分かります。インターネットがないのも、外部からの情報を制限するためでしょうか…。

また、鑑賞出来る音楽も、話題も、身に付ける洋服ですら自由にならないというのは、日本では絶対に考えられないことですね。

国際電話ですら許可が必要ということにも、驚きを隠せません。

さらに、ラブストーリーも禁止されていました。

北朝鮮の人々は今日も弾圧されています。私が北朝鮮で育っていた時、男女のラブストーリーを目にすることは決してありませんでした。

本でも、歌でも、新聞や雑誌でも、映画もでもラブストーリーを扱うことはありませんでした。ロミオとジュリエットはいませんでした。

すべて独裁者・金正日をもてはやすプロバガンダでした。

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ラブストーリーよりも、将軍様と言われる金正日を賛美する内容が流れるメディア…。

マインドコントロールの極みとしか思えません。

聞いているだけで異常だとわかる北朝鮮での生活ですが、特にパクさんの人生に暗い影を落とした出来事の一つに、親友親子の死がありました。

目の前で親友とその母親が公開処刑に…

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私が9歳の時、私は私の友達とその母が公開処刑されるのを見ました。

彼女の罪は、ハリウッドの映画を見たことです。

政府の偉大さを疑うようなことをすれば、一家三代にわたり投獄されるか、処刑されます。

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北朝鮮では、海外の映画を見ることは命がけの行為でもあります。

ほんの少しの気の緩みであっても、政府に見つかればこのように処刑されてしまうのです…。

当事者だけではなく、一家全員が投獄か処刑という末路を辿るということに言葉が見つかりません。

さて、禁じられている海外の映像がどうして北朝鮮で入手できるのか、不思議に思う方もいらっしゃると思います。

そもそも閲覧が禁じられている物ですから、正規ルートでの入手は不可能です。

実は、「ブラックマーケット」と呼ばれる独自のコミュニティで取引されていました。

「ブラックマーケット」とは?

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北朝鮮は人間が生きられる場所ではありません。

1990年代の大飢饉ではたくさんの人が死にました。北朝鮮で育った私にとっては死んだ人を見るのは普通のことでした。

北朝鮮の人々は政府に頼らず、自分たちで生きていくしかなかったのです。

だから人々はブラック・マーケットを始めたのです。ブラック・マーケットで稼いでいる人はたくさんいました。

私の父も魚や米、砂糖などを売っていました。

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北朝鮮の食糧事情は、当時大変深刻な問題で日本をはじめ、アメリカや中国なども食糧支援をしています。

しかし、全ての人に行きわたっておらず、実際は違法取引の場を自分たちで形成することで収入を得なければ生活できない状態だったのです。

パクさんのお父さんも、このブラックマーケットで生計を立てていた一人でした。

言わずもがなブラックマーケットでの取引は、違法取引として北朝鮮政府からは認定される行為です。

ある日、パクさんのお父さんは違法取引を理由に、強制収容所に連れて行かれてしまいました…。

お父さんは強制収容所、お母さんとも離れ離れに

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父が違法取引で強制収容所に連れていかれたとき、人生終わったと思いました。

これからはもう何もできなくなってしまうと感じました。

父が収容所にいた3年間、母も尋問されつづけました。

彼らは私たちから母を引き離しました。私は9歳か10歳でしたが、姉と二人だけで生きなくてはならなかったのです。

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殺されはしなかったものの、保護者であるお母さんとも離され、パクさんはお姉さんと二人で草、花、虫でさえも食べるという生活を強いられたのです。

この後、一家は脱北し中国に渡るのですが、中国でも辛い出来事がありました…

お父さんの死、そしてお母さんが目の前で暴行される

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私の父は、私たちが北朝鮮から逃げ出してから、中国で死にました。

私は午前3時に、隠れて父を埋めなければなりませんでした。その時、私は14歳でした。

私は泣くことすらできませんでした。北朝鮮に送還されるのが怖かったのです。

私が北朝鮮から逃げ出したその日、私は母がレイプされるのを見ました。レイプしたのは中国人のブローカーです。

彼は私を狙いました。私は13歳でした。

北朝鮮にはこんな言葉があります。「女性は弱い。しかし、母は強い」。母は私を守るため、自ら犯されたのです。

北朝鮮の難民約30万人が中国で攻撃にさらされています。70%の北朝鮮の女性や10代の少女が犠牲になっています。彼女たちはわずか200ドルで売られてしまいます。

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北朝鮮から脱北しても、決して安全ではなく見つかれば送還されてしまうのです。

そして、中国人ブローカーによる暴行のみならず、こうした脱北の依頼が人身売買に繋がってしまっていることを知る人は少ないのではないでしょうか…。

北朝鮮による人権侵害については、国際社会においても問題視されており、国連でも討論の議題として上がっています。

自身の辛い体験を語ったパクさんは、今も北朝鮮で苦しんでいる人たちのために必要な3つのことを以下のように話しました。

北朝鮮の人々を救うために

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1つ目、北朝鮮で起きている人権の危機についての知識を高められるように教育を受けてください。

2つ目、自由のために逃げようとしている北朝鮮の難民を助け、支援してください。

3つ目、中国に送還をやめるよう請願してください。

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脱北後も中国で辛い体験をしたパクさんだからこそ、今後の脱北者が強制送還されないよう、協力を求めていました。

時折ニュースなどで目にするよりも、ひどいことが北朝鮮で行われ、脱北にあたっては女性に対する性的暴行などがあることは、知る由もありませんでした。

日本でも北朝鮮による拉致被害者の早期解決が望まれています。

こうした現実を多くの人が知り、北朝鮮にいる方が本当の意味で安全に暮らせる日が来るように、私たちも出来ることを考えていきたいですね。

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One Young Worldでのパクさんのスピーチはこちらから。

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THE FACTによるインタビューはこちらから。

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動物が大好き。会社員であり、流浪のライターとしても活動。
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