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今年も夏の甲子園(第97回全国高校野球選手権)が開幕しました。今年は「高校野球100年目の夏」という記念すべき大会でもありますね!

開会式での選手宣誓は、1915年の第1回大会優勝校、京都二中の流れをくむ鳥羽高(京都)の主将・梅谷成悟くん(3年)が務めました。

今回は、その梅谷くんにまつわるエピソード(3ヶ月前にがんで亡くなった父との約束)をご紹介します。

2年前の夏、父の病気を知る

父の病気が判明したのは2年前の夏。野球を始めた小学1年の時からずっと応援してくれていた父の病気を知り、梅谷くんは号泣しました。

小学6年の夏に京都の学童野球大会で、梅谷くんが選手宣誓を務めた時の新聞記事を大切に机に飾っていたそうです。

梅谷くんが2年だった2014年の夏、主将に志願するかいなか悩んでいた梅谷くんの背中を押したのは「おまえがやれば、甲子園に行ける。選手宣誓もやるんや」という父の言葉でした。

体が衰弱しても試合観戦を続けた父

今年5月3日の春季大会の時には車椅子で球場を訪れるなど、体が衰弱しても試合観戦を続けていたそうです。しかし、春季大会では惜しくも敗れてしまいます。

そんな梅谷くんに「夏は勝てよ」と手を握りしめた父。その日の深夜、救急車で運ばれるまで息子を励まし続けました。 

絶対、甲子園に連れて行くからな!

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甲子園出場を決め、「夢がかなったよ」と報告

鳥羽高が甲子園出場を決めた日の夜、梅谷くんは祭壇の父に夢がかなったことを報告しました。決勝戦の前には、「お父さんが僕の中にいる。絶対に負けへん」と母に誓っていたそうです。

そして、迎えた夏の甲子園開幕の日。梅谷くんは選手宣誓の大役を見事にやり遂げ、「おまえがやれば、甲子園に行ける。選手宣誓もやるんや」という父との約束を果たします。

<選手宣誓全文>

宣誓

1915年8月、第1回全国中等学校優勝野球大会が始まりました。

それから100年間、高校野球は日本の歴史とともに歩んできました。この100年、日本は激動と困難を乗り越えて本日の平和を成し遂げました。

このような筋目の年に聖地甲子園で野球ができることを誇りに思い、そして支えていただいたすべての方々に感謝して全力でプレーをします。

次の100年を担う者として、8月6日の意味を深く胸に刻み、甲子園で躍動することを誓います。

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宣誓の前、「父が見守ってくれていると何度も感じた。“感謝”を表現したい」と話していた梅谷くん。とても素晴らしい選手宣誓でした。天国のお父さんにもきっと届いていると思います。

出典:京都新聞
出典:headlines.yahoo

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