「君死にたまふことなかれ」で有名な与謝野晶子は、後にクリスチャンになったと聞き、興味を持った。

1878年(明治11年)12月7日 - 1942年(昭和17年)5月29日)明治、大正、昭和の激動の時代を生き抜いた女性。歌人。

出典 https://ja.wikipedia.org

wikipediaより

12人の子どもを出産し(うち一人は生後2日で亡くなった)、11人の子どもを育てながら、家に収入を入れることがほとんどできなかった夫のことも養わなければならなかった。

夫・与謝野鉄幹は、教師をしていたが、女性関係のトラブルが多く、短期間に結婚・離婚をくり返し、晶子とは3度目の結婚となる。

教え子だった2人目の妻・林滝野とまだ一緒にいるうちに、妻子ある鉄幹は晶子とも親しくなったようだ。

与謝野晶子自身は、歌人、作家、思想家として多くの作品を発表していたが、後に関心を持った人たちによって書かれた「与謝野晶子に関する本」が多いことに驚いた。

妻子ある鉄幹との恋について歌われた情熱的な作品が多いと評された「みだれ髪」は有名となり、与謝野晶子の代表作となる。伝統的なところからは反発も受けたが、世間の多くの人々が心を掴まれ、熱狂的な支持を受けた。

「君死にたまふことなかれ」で歌われている「弟」は、2歳年下の籌(ちゅう)三郎(1880-1944)のこと。

戦争から帰還した籌三郎については、「娘時代より晶子のよき理解者であった籌三郎は、無事生還し、晶子の終生まで交流を保ち続けた」『年表作家読本与謝野晶子』(平子恭子・編著、河出書房新社・1995年4月25日初版発行)と書かれてある。姉弟仲が良かったようだ。

籌三郎は、昭和19年2月25日、63歳(数えで65歳)で亡くなった。

1942年(昭和17年)に発表した『白櫻集』で、以前の歌「君死にたまふことなかれ」とは正反対に、戦争を美化し、鼓舞する歌を作った。

「強きかな 天を恐れず 地に恥ぢぬ 戦をすなる ますらたけをは」

出典『白櫻集』より

「水軍の 大尉となりて わが四郎 み軍にゆく たけく戦へ」

出典『白櫻集』より

海軍大尉として出征する四男に対して詠んだ歌。

このようなことから、『君死にたまふことなかれ』とは正反対の意味となる歌を詠み、反戦家としては一貫性がなかったと言われる。

生涯にわたって残した歌は5万首に及ぶ。

大日本帝国憲法(明治憲法 1890年、明治23年施行)のもとでは、はじめはそこまで言論規制などが厳しくなかったが、だんだん厳しさが増し、満州事変後の昭和の戦争期には言論弾圧が厳しくなっていった。

第一次世界大戦(1914年(大正3年)~1918年(大正7年))の頃には、既に
「いまは戦ふ時である 戦嫌ひのわたしさへ 今日此頃は気が昂(たかぶ)る」という歌を作っている。

与謝野晶子は反戦歌人だと思われているが 、反対していたのは結果的には日露戦争だけで、 日中戦争と太平洋戦争には賛成派として、夫と共に軍歌や詩を創作した。

1935年、晶子が57歳の時に夫に先立たれる。
与謝野晶子は1942年5月29日、63歳で脳溢血のため死亡。

敗戦前であったため、戦争を奨励した歌を作り、国民に影響を与えたことなどについて、戦後も罪に問われることはなかった。

与謝野晶子が反戦思想を貫けなかった理由

与謝野晶子は正直で、まっすぐな強い女性というイメージがあり、その時代に「天皇陛下は戦争にご自分では出撃されずに」という内容を含めた「君死にたまふことなかれ」を詠んだはじめの印象が強い。

晶子は「歌は本心でなければならない」とし、「本心を歌わぬ歌に、何の値打ちがあるだろうか?」と言っている。

「歌は歌に候。歌よみならひ候からには、私どうぞ後の人に笑はれぬ、まことの心を歌ひおきたく候。

まことの心うたはぬ歌に、何のねうちか候べき。まことの歌や文や作らぬ人に、何の見どころか候べき。」

出典『明星』1904年11号「ひらきぶみ」より

なぜ反戦思想を貫けなかったか、考えられることは2つ。2つのうちのどちらかだ。


1・時代が変わり、言論の自由がなくなったため、本心を表すことは、与謝野晶子といえども身に危険が及ぶことを恐れ、生活のためにも「まことの心うたはぬ歌」を出すしかなかった。


2・後の歌も全て与謝野晶子のその時々に応じた「本心」で、与謝野晶子でさえ戦争を美化し、励戦する思想に変わってしまった。


当時の厳しい時代と世の中の流れを加味し、「貫かなかった」とはせず、「貫けなかった」としたが、少々、残念な気持ちがある。

与謝野晶子が「君死にたまふことなかれ」の反戦思想を貫き、それを歌にし続けていたら、何がどう違っていただろうか。

言論規制がなければ、与謝野晶子は本当はどんな歌を残したのだろうか。

与謝野晶子ですら変えてしまったこのような時代に「逆戻りしてはならない」と強く考えさせられた。

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