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ごくごく冷静に考えれば、存在するはずのない幽霊。それにも関わらず、今もなお幽霊の目撃談が後を絶たないのは、いったい何故なんでしょうか。無料メルマガ『MMR極秘マガジン』では、そんな謎に対して、あるひとつの答えを提示しています。

「会いたい」という思いが幽霊を呼ぶ

幽霊の正体見たり枯れ尾花」という。

「枯れ尾花」とは枯れたススキの穂のこと。幽霊が出るんじゃないかと恐れて見ていると、枯れたススキも幽霊に見えてくる。疑心暗鬼で物事を見るのをいましめたことわざだ。

しかし、幽霊とセットで語られる植物はススキじゃない。である。古来より、幽霊は柳の木の下に出るといわれてきた。

どうして柳なんだろう?桜や松だっていいし、それこそススキだっていいじゃないか!

柳の下の幽霊、というイメージが語られたのは、名人といわれ幽霊画を多数残したと伝えられる画家、円山応挙よるところが大きいらしい。応挙は、幽霊と柳をセットで描いた。これは、応挙が山水画を描いていたからだ。

山水画とはその名のとおり山や川を描いたものだが、スケッチではない。むしろ、思想を描いたものであった。現在も風水などで重んじられる陰陽の考え方は、その中核を成していた。陰を描いたなら、陽を描かねばならない。

幽霊は陰だから、陽である柳が添えられた。柳は幽霊とともに描かれるため陰のイメージが強いが、正月に使われる箸が「柳箸」であるように、陽の象徴、たいへんめでたい木とされていた。

江戸時代には、現在の風水画と同じように、幽霊画が魔除けとして用いられたことがあるらしい。恐ろしい幽霊の絵を貼っておくと、ホンモノの魔も怖がって寄りつかないと考えられたのだ。

幽霊の実在については、諸説あって判然としない。「いる」という人もいるし、「そんなもんあるはずないさ」と語る人も多い。どちらも証明するのは難しいだろう。

しかし、生きている者が「会いたい」と願うとき、そこに幽霊は現れるのではないだろうか。枯れ尾花に幽霊を見るのは、そんな人の心ではないのか。

2万人近い死者を生んだ東日本大震災。被災した東北地方の太平洋沿岸部では、幽霊の目撃談が後を絶たない

ある学者は次のように語る。

「人間は本来『死』を受け入れられないものです。まして突然の、異常な形での死――年をとってベッドの上で死ぬという形でない死――は昔から人間にとって最も受け入れがたいものでした」

被災地に幽霊は出る。そのことが、生き残った者の癒しとなり、生きる勇気になっていることも多い。

現地の医師は次のように語った。

「たとえば、最愛の夫を亡くした妻。自暴自棄に陥り、死にたいと思う毎日。車で自損の重傷事故を起こしたりもしました。あるとき彼女は夫の霊に会ったんです。見守られている感覚が芽生え、お父ちゃんと一緒に生きようと思い直したといいます」

彼女に「霊はない」と主張することは誰にもできないだろう。いてほしいと願う人のもとに、幽霊はたしかに存在する。

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