日本の父親像は完全に変わった

「イクメン」という言葉は、いつから市民権を得たのだろう。はっきりとは覚えてはいないが、おそらく21世紀になってからか?

『サザエさん』や『ちびまる子ちゃん』なんか見て思うのは、「日本の父親像は完全に変わってしまったなぁ」ということ。

波平みたいに子どもを怒鳴りつけたり、ひろしみたいに昼間から酒飲んでゴロゴロしたりしてようもんなら、家庭からも世間からも白い目で見られる始末。

で、フネみたいな女性は、ほとんど絶滅危惧種になっているわけで。

ハッとさせられたビートたけしの名言

そんな世の中で、あるビートたけしの名言にハッとさせられた。


それは……『仕事ができて、家庭でもいい父親なんてことはありえないよ』というもの。


実際には、かなり極端というか、「仕事ができて、家庭でもいい父親」は存在していると思う。この発言があった頃とは時代も変わってきているので、そういった父親も間違いなく増えてきているだろう。

でも、このメッセージは、日本の家庭像の本質に迫っているようにも感じる。

仕事に一生懸命な父親を非難するのに違和感

もちろん、イクメンを否定しているわけではない。給料がなかなか上がらず、女性の社会進出が目覚ましい中で、男性が育児や家事に参加することは当然のことだし、必要なことだと思う。

子守りをしたり、料理や洗濯をしたりして、育児や家事を手伝ってあげることは、とても素敵なことだ。でも、朝早くから夜遅くまで外で仕事をして、平日は子どもの寝顔しか見れない父親だって、「お金を稼ぐ」という側面では立派に育児に参加している。

イクメンを推進することはけっこうなことだが、仕事に一生懸命な父親を非難するような風潮は少し違う気がするのだ。

父親の役割って、何だっけ?

今、家庭でも職場でも、「みんなに責任がある。みんなで責任を負いましょう」という連帯感の強い考え方が良しとされる傾向がある。

それ自体を否定するものではないが、やはり、個々がそれぞれの立場・役割でしっかりとプロフェッショナルに責任を全うすることが必要なのではないか。

「みんなで」は、下手すれば責任の所在が不明確になり、きちんとした成果を残せなくなる。

父親も母親も、子どもを授かった以上、「育児のプロフェッショナル」を自負して責任を果たしていかなければならない。

「父親の役割って、何だっけ?」。今一度、考えてみたいと思う。

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marlgoro このユーザーの他の記事を見る

公式プラチナライター。ライター歴、約10年。現在、関西を拠点に活動中。大のテレビっ子です。たまに、ちゃんと取材した記事も寄稿しています。

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