スポーツ選手やアーティストは、引退やグループの解散をすることがあります。

ファンとしては、寂しく悲しくもある発表ですが、その決断に至るまでの経緯や引退時のコメントを見てみると、各々の生きる信念が垣間見えました。

1. 中田英寿さん

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日本サッカーの一時代を築き、現在は実業家として活躍している中田英寿さん。

国内外のチームで数々の実績をあげ、選手として最高と言える時期に引退を決断した裏には、中田さんの確固たる信念がありました。

もし僕が商売先行でサッカーを考えていたら、現役は続けていたでしょう。

でも一番重要だったのは自分の気持ち。それまでパッション(情熱)先行でサッカーをやっていたからこそ引退したのです。

僕は自分の人生で好きなこと、覚悟を決められること以外はしたくない。

お金のために生きるということは考えていませんでした。

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サッカーをすることが楽しいと思えなくなってしまったことが、引退の理由でした。

楽しくないという気持ちに目を瞑れば、商業的に現役を続行することも出来たかもしれません。

それでも自分に対して嘘をつかない選択をしたことは、中田さんの実直な人柄を物語っています。

2. 長嶋茂雄さん

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巨人の終身名誉監督であり、国民栄誉賞も受賞した長嶋茂雄さん。

現役時代は、王貞治さんと共にONコンビとして巨人の顔として活躍し、監督としても素晴らしい功績をあげました。

そんな長嶋さんが現役を引退した理由は…

バットを折りながらでも人のいないところ、あるいは同じ野手のところに行っても、不規則バウンドによってヒットになった僕のひとつの打球というものが、ここ一年、急になんだか球が野手のほうへ、なぜか正面へ行くようになり、それからというものはもう、 いよいよ自分のひとつのバッティング技術が老いてきた。

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自分のパフォーマンスにシビアであるが故に、引退を決断したのです。

また、当時の球団人事も引退を決める理由の一つでした…。

引退の1年前、川上監督から「今シーズンで引退して監督になれ」と進言されていた。

37歳という年齢で体力・気力ともに限界だったが「あと1シーズン、バットを握らせてください」とお願いしたと、後に本人は語っている。

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次期監督に指名されていたため、引退を勧められていたのです。

最後の1年は、長嶋さんにとって感慨深いものだったのではないでしょうか。

引退時の「巨人軍は永久に不滅です」という言葉は、多くの巨人ファンの心を打ちました。

3. 王貞治さん

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長嶋茂雄さんと共に巨人で活躍し、現在は福岡ソフトバンクホークスの会長を務める王貞治さん。

数々の記録を持ち、生ける伝説と言っても過言ではない王さんが現役を引退した理由は、王さんらしいものでした。

引退を決めた年の成績というのはホームラン30本を放っていて、王選手の能力からすれば決して満足の行く成績とはいえないものですが、普通のスラッガーとしてみれば恥ずかしくない成績でした。

しかし、その一方で打率のほうが0.236と規定打席到達者の中では最低の成績であり王選手らしからぬ記録となってしまったのです。

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平均的な基準に満足せず、記録にこだわっていたからこそ引退を決断したのでしょう。

そのため引退理由について「王貞治としてのバッティングができなくなったから」と語っています。

4. 九重親方(元・横綱 千代の富士)

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ウルフの愛称で親しまれ、1980年代から平成初期にかけて相撲界の一時代を築いた九重親方。

昭和最後の横綱でもあり、昭和以降の連勝記録としては歴代3位の力士でもありました。

そんな九重親方が引退を決意したのは、1991年夏場所の初日に貴花田(現・貴乃花親方)に敗れたからと言われていますが、実際は三日目の取り組みが決定打だったのです。

二日目の取り組みを終えた夜、親方は妻の久美子さんと次のような会話をしました。

「久美子…明日負けたら相撲辞めるかもしれない」

これまでどんなにマスコミが騒いでも決して口にしなかった「引退」

その言葉の意味を久美子さんは重く受けとめた。

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二日目の対戦相手は、格下の板井でした。取り組みには勝ったものの、立ち会いで押されていたことに自身の衰えを感じずにいられなかったからです。

そして迎えた三日目の貴闘力との取り組みに敗れ、引退を発表しました。

引退理由として「気力・体力の限界」と涙ながらに話した姿は、多くの人の心に残っているのではないでしょうか。

5. ABBA

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スウェーデン出身の4人組アーティスト・ABBA。メンバーは、ビヨルン、アグネッタ、フリーダ、ベニーで、4人は2組の夫婦でした。

日本でも「ダンシング・クイーン」、「チキチータ」などのヒット曲で知られています。

1983年に活動停止を発表して以降、事実上解散となった背景にはメンバーのプライベートが関係していました。

1979年。ファンとっては衝撃的なニュースが飛び込む。

ビヨルンとアグネッタの離婚だ。理由は仕事と家庭に対する意見の食い違いだった。

アグネッタはアバというスーパー・グループのシンガーであると同時に、2児の母親でもあったのだ。

出典 http://www002.upp.so-net.ne.jp

仕事と家庭の両立に悩むのは、どの家庭でも同じ…。母として、家庭を重んじたいアグネッタと、グループの成長のために仕事を優先したいビヨルンは激しくぶつかり、離婚してしまいました。

この二人の離婚から解散間近か?と言われるようになったABBAですが、ついにダメ押しとも言える出来事が起きます。

1981年。ベニーとフリーダが離婚。

ファンにとってこの離婚は実に不可解なものであった。二人の間には子供もなく、仕事に差し障りのあるようなトラブルは何も起こっていない。

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詳しい離婚の理由は不明です。

この離婚から半年後、ABBAが2年以内に解散するという報道がされた際に、ビヨルンがインタビューで次のようなコメントをしていました。

インタビューに応じたビヨルンが「いっしょにやっていかなければならない経済的理由がなくなった」などと話した。

出典 http://www.abbajapan.com

家族であればお互いに生活がかかっていますけど、離婚して他人になったら一緒に働く必要性は見えてきませんからね…。

離婚だけが解散の理由ではないと思いますが、少なからず影響を与えたことは否めません。

6. LUNA SEA

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日本ロック界の重鎮であり、V系バンドマンがリスペクトして止まないLUNA SEA。

2007年に再結成し、今年の6月には初の主宰フェスを行った彼らは、2000年に終幕という形で一度解散を経験しています。

人気絶頂の中、解散を選択をした理由は何だったのでしょうか?

「もうこれ以上輝けない」という言葉を残して終幕したLUNA SEA

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98年には「SHINE」という曲もリリースしたのに…。

「これ以上輝けない」という言葉の真相について、メンバーがテレビ出演時に次のように話していました。

音楽性の違いとかは初めからあったので、それでも『一緒にやっていこう』『一緒に成功しよう』っていう意思があれば、それは何の問題もなかったんですが、まぁ…ぶっちゃけ…みんなの顔が見たくなくなっちゃったってことじゃないですか。(笑)

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ギターのSUGIZOさんによると、メンバーが集まると作品を作らなければいけないという強迫観念、プレッシャーから、お互いに感謝の気持ちを持てなくなってしまったことが原因だったそうです。

そんなメンバーの様子を見かねたマネージャーさんが、解散を提案したとのこと。

険悪な時期を乗り越えたからこそ、今の再結成があるのでしょうね。

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