記事提供:長谷川豊 公式ブログ

岩手県の方で痛ましい「イジメの自殺」がありましたね。

このコラムは少なくない人の気持ちをとても嫌な気分にさせるかもしれないですが、私が何度もいじめ問題のリポートをしてきたときに、必ず同じことを申し上げてきているので、もう一度、同じことを言います。

それは今の日本に、この認識がとても大切なことだと私自身は信じているからです。

日本のいじめ問題は、かなり一方的な報じられ方をすることが少なくありません。私は日本のいじめ問題は「3点の論点」をしっかりと見つめ直すべきだと考えています。

一つ目に、「本当にいじめか?」という点です。

「からかい」「集団無視」など、現在は「いじめだ」と認識されているものは多々あります。それらは価値観によりますが、私はその程度のものを「イジメ」だとは認識しません。

中には「イジメられた側がイジメだと言えば全部イジメです」というもはや何を言ってるのか分からない範囲の暴言も見受けられるのですが

A君という人間がいたとして、そのA君は話しかけてもネガティブなことしか言わない

イジワルな反応しかしない、やる気もない、思いやりもない

会話は自分の興味ある話しかしない、みんなの会話の流れも全部止めてしまう

そんなA君といったい誰が積極的に話をしようとするでしょうか?しかし、もともとネガティブなA君。A君は担任に言うでしょう。「先生、みんなが俺を無視するんだよ。イジメを俺は受けているんだよ!」

断じて違います。それはA君自身の問題なのです。

みんなは積極的にイジメようと思ってなんかいません。はっきり言って会話に混ぜたら迷惑だから会話しないようにしているんです。それを「イジメ」というのは暴論以外何ものでもありません。「正常な反応」というのです。

もちろん、中には人をイジメることによって何らかの利益を得るタイプの人間が存在します。それらは否定されなければいけません。

例えば、B子さんが好きな男性がいたとして、その男性がC子さんを好きだったとします。おそらくB子さんはC子さんに精神的な苦痛を与えようとみんなで協力してC子さんを無視しようとすることでしょう。

これはイジメなのでしょう。それを否定するつもりはありません。

なので、本当に「イジメなのかどうか」は実はかなり慎重に精査しなければいけないものです。間違っても「イジメられた側が『イジメだ』と言えば全部イジメ」などということはありません。それは完全に間違った価値観です。

二つ目に「それはイジメの範疇なのか?」ということです。

詳しく書きます。これは日本で一番問題な点です。

いじめは存在します。それは日本全国、いや世界中で存在します。もちろん悪いことです。しかし、今の日本の学校では、「イジメでないもの」が「イジメ」と同様に報道される時があります。完全にメディアの勉強不足です。

例えば、盛岡のケースを見てみましょう。何も考えなしにメディアが馬鹿の一つ覚えのように

「見逃されたイジメのサイン!」
「またもイジメで自殺!」

と報じていますね?なんであんなにも低レベルで思考力の無いニュースコメントが出来るのか、私は逆に心配になります。ニュースの劣化もここまで来ると絶望的な範囲です。

あれは「刑事事件」です。

皆さんもよく覚えておいてください。「暴行」「恐喝」「金銭の強奪」などは、「イジメ」ではありません。

完全な刑事事件であり、そんなものは「教師」や「学校」の範疇ではありません。即時、警察に連絡をして、担当の警察や検事に引き渡さなければいけないものなのです。

もう一度言います。「暴行」はただの「犯罪」なのです。

岩手の事件では、みんなの見ている前で集団による「暴行」が行われたという証言があります。暴行を加えた生徒たちは「警察に逮捕させるべき」なのであり、そうでなければ警察の存在意義がないのです。

また、忘れてはいけないのは「暴行を周囲で見ていた」人間たち。これらは「暴行罪の補助」に該当する可能性があります。

全員、逮捕・起訴したうえで、少年院に送致すべき事案です。その為に「刑法」という法律が存在するのです。なのに、これらを日本の学校関係者は、警察に通報もせずに「自分たち」で処理しようとするのです。明確な「犯罪の隠蔽」行為です。

「イジメ」と「刑事事件」は違います。「刑事事件」は「警察の担当」です。教師ごとき、なんの資格もない人間がどうこうしていい話ではないのです。

ここを日本の教師たちは完全に勘違いしているのです。お願いですから、刑法を勉強していただきたい。餅は餅屋です。「イジメ」と「刑事事件」の線引きを勉強したうえでしっかりとすべきです。

三つめはイジメられたからだと言って、自殺した人間を考えなしにフォローすべきではありません。

自殺した生徒は苦しかったでしょう。辛かったのでしょう。でも、私は自殺を認めません。絶対に認める気はありません。自殺は「殺人」です。自分の大切な命を殺す行為です。殺人は認めません。

日本では、考えなしに「死んだ人間はみんなで褒めちぎろう」という文化があります。間違った文化です。

自殺した人間も、非難されるべきです。本音では同情していてもいいです。でも、表面に出すべきではない。イジメで自殺?イジメられている人間も、絶望している人間も、世の中にはいくらでもいます。

だからと言って、自分を愛する多くの人を傷つける…自殺という行為を認めるかのようなフォローをすべきではありません。

その自殺によって、いったい何人が苦しむでしょうか?一体どれほどの傷を周囲に与えるでしょうか?それらを考えたら、自殺は選択してはいけない行為なのです。少なくとも、私はそう考えています。

岩手の事件に関しては、かなり浅いコメントがテレビやメディアで相次いでいますが、皆さんはどうかあまり流されずに、報じられているだけではない深い部分も見ていただきたいと、そう考えています。

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