前回の記事は、現在42万PVを超え、とても多くの方が読んで下さり、シェアして下さった皆さんに感謝しています。(2015年11月更新)

もともと、先輩のFacebookの投稿は2つあり、はじめから2つ紹介しようと考えていたため、同じタイトルで「続」をつけて今回、投稿しました。

2つめの投稿内容は、沖縄県那覇市に特別支援学校設立を要請する署名運動をしているので、ぜひ現状と活動を知っていただき、協力を頂きたいというもの。

「那覇市に特別支援学校を」

沖縄で最も障がい児の多いのは那覇市だ。驚くことに那覇市において障がい児の通学できる特別支援学校は一つもない。そのため子どもたちは浦添市や八重瀬町などに通っている。 

それらの学校は定員に対し約150%となっており、どの教室も手狭だ。肢体不自由の子どもは十分な訓練を受けることも出来ない。学校は目いっぱい膨らんだ風船のようで破裂寸前だ。もし那覇市に特別支援学校が出来れば、それらは改善される。さらに子どもたちの自力登校を促し、将来自立するための萌芽を育てることにもつながる。子どもたちが自立出来れば、その分、財政負担も軽減されよう。 

今、沖縄県内にある全ての特別支援学校のPTAが団結し「那覇市に特別支援学校を!」と署名運動をしている。ぜひ現状と活動を知っていただき署名を通し、ご協力を頂きたい。

 弱きにしわよせがくる。そんな基地の実態に苦しむ沖縄だからこそ、弱き存在に対し肝苦さの心をもって向き合い変えていけると信じている。

出典(琉球新報「声」欄より 平成27年7月10日)

「那覇市民でなくても賛同して下さる方はどなたでも」と書かれていたので、お役に立てることがあれば・・・と思い、メッセージを送ってみました。

「その署名活動は、沖縄県民に限る」とのことで、ならば今、私にできることは、現状を皆さんにお伝えすることだと思いました。沖縄の課題は、全国でも課題であるはずだ。そう思ったのです。

出典Photo:牧師の妻

今回、先輩の投稿した文章を読み、投稿後、多くの反響があったことからも、いろいろなことを思い出すきっかけとなりました。

私は子どもの頃から病院通いも多く、福祉に携わりたいと考えていたため、学生時代は特別病棟で病院伝道をしていた先生から、いろいろなお話を伺い、それを心に留めていました。

「障害者という言葉は使わない」
障害者=障害な者、邪魔者ではない。だから「障害者」という言葉は使わない。

「ハンディキャップという言葉は使わない」
障害のことを「ハンディキャップ」と言ったり、「ハンデがある」などと使う場合がある。「ハンディキャップ」とは、目の見えない視覚障害などの人が、道ばたで帽子を手に「どうぞ恵んで下さい」と物乞いをするする姿を現している。恵んでもらわなければならない哀れな人、という意味合いがあるので、「ハンディキャップ」という言葉は使わない。

通常、入ることのできない病棟に入る許可を得ていた先生から、このような事を学んでいました。

「変顔を喜んだり、楽しんだりしない」

当時、「変顔」という言葉はありませんでしたが、先生は「福笑いで遊ぶな」と言いました。どういうことかというと、「福笑い」は、通常あるべき所に顔のパーツがあるかないかで、おもしろおかしく笑う遊びですが、先生は日頃から奇形で生まれた子どもや、目が3つある子、鼻の位置が中央にない子など、そのような子ども達に病院で会って、聖書のお話をしている先生だったのです。

テレビ番組で、カメラをつけて芸人さんなどの「変顔」をネタにする番組があり、子ども達はそれが「面白いもの」と思って笑っています。

実は私自身、自分の容姿も内面も好きではなく、とても心の暗い子どもだったので、人の変な顔や表情を笑いにするという番組はキライです。子どもにも「ママは人の顔を笑いにする番組はキライだ。」と伝えています。

その理由は、本当にその「みんなが笑っている顔」に近い顔を持つ人がいるかもしれないということ。奇形や薬の副作用などでむくんだり、他の人と違う様子の顔になっている人が、私たちが知らないだけで実際にいらっしゃるからです。

産婦人科では、生まれてすぐに様子が違っている赤ちゃんだと、母親にも見せられずに別室に連れて行かれる、そして、そのような子どもは少なくないと聞きました。

学生時代、障害を持つ子ども達について、「自分がいかに知らないか」を知り、驚き、嘆きました。でも結婚して、自分自身の子育てその他が忙しくなるにつれ、そのようなお話を聞いていたことも、いつしか忘れるようになったのです。

先輩のFacebookの投稿は、大切なことを思い起こさせてくれるきっかけとなりました。
承認制なので表示させていませんが(思いやりに欠ける言葉が含まれていたため)、ブログにコメントが来ていました。

自分はSくんいじめてたくせに自分に障害児産まれたら障害児擁護って都合よすぎ。

出典 http://ameblo.jp

先輩は、自分に障害児が生まれたからと言って、急に障害児擁護しているわけではないです。

大学時代、障害や病気のために病院で過ごしている子ども達のことを覚えてお祈りする会があり、学生時代、先輩は熱心にその会に参加していました。当時、独身だった奥さんも熱心に参加していたことを思い出します。

前回の記事に書かれているとおり、先輩は結婚する前、もっと若い頃に見聞きした内容から「自分は障害児についてもっと祈り、関心を持つべきだ」と考え、お祈りする会や訪問などの実践をしてきたのです。

そういう中で、その後、娘さんが「障害児」と診断を受けたことを、私は投稿を読むまで知らなかったし、再び、知らなかったことを嘆きました。


「障害児を育てたことのないあなたに何が分かるのか?」

こういうコメントは来てもおかしくないと思いました。実際、私自身は障害児を育てたことはないし、その苦労や生活がどのようなものか「分かるのか?」と言われれば、「分かりません」と答えるほかありません。

でも私は思うのです。

家族や周りに障害を持つ人がいない場合、普段そのようなことは考えないし、そのような家族の存在すら忘れて生活してしまっていると。

多くの方は、障害を持つ方の現状を知らないし、知らされていないのです。だから実際に障害を持つ方とお会いするようなことがあっても、どう考え、どう接して良いのかが分からないと思うのです。

「愛の反対は憎しみではなく無関心です。」というマザーテレサの有名な言葉があります。私はその言葉を受け止めたいと思います。

以下はコメント欄に書かれた「ゆきむし」さんからのコメントです。

「・・・様々な場面において人間だけでなく、生の優劣というか上下関係は必ずあり、それは仕方のないことだと今の今まで思ってました。

だから障害を持った人がいじめられるというのも仕方のないことで、それを無くすことは出来ず周りが見守ることしかできないのだと思ってました。

でも、この文章を読み、自分がズルい傍観者であったなぁとつくづく感じました。

『自分の子供が障害児だったら殺してしまおう』あまりにもショッキングな言葉ですが親であるならその気持ちわからなくもありません。」

出典 http://ameblo.jp

先輩が書いた元々の文章のタイトルは「尊い存在」でした。

しかし私は1行目に自分がぎょっとした書き出しから、記事のタイトルをつけ直して投稿しました。「尊い存在」では読もうという人が多いとは思われなかったので、『自分の子供が障害児だったら殺してしまおう』から始まるタイトルにしたのです。

なぜでしょう?
障害児を育てたことのない方にも、一人でも多くの方の目にとまり、「読まれるため」です。そして、私自身が考えさせられたように、それぞれの立場で考えるきっかけとなると考えたからです。

私自身が「!!」と感じたように、多くの方が「!!」と感じて読みに来て下さったのだと思います。

「他人事」

出典 http://ameblo.jp

「2度と、このような偽善で障害児に関わるご意見を発信されませんように・・・」

出典 http://ameblo.jp

そう言われてなお2度目を投稿する私は、かなり変わり者かもしれません。

私自身は障害に関する専門家でもなく、このテーマだけをいつも考えているわけではありませんので、次はいつこのテーマでの投稿になるか分かりません。だからこそ、大事なことだと感じて投稿しました。

普段は戦争法案強行採決、憲法9条などについても関心を持っています。
その中で、こんな言葉が心にとまりました。

「最大の悲劇は、悪人の抑圧や残酷さではなく、善人の沈黙である。」
マーティン・ルーサー・キング牧師の言葉

私自身は「善人」でも何でもなく、ただの問題児ですが、「無関心」、「傍観者」、「沈黙」であってはならないと障害児についてだけでなく、いじめ、憲法改正、いろいろなことを考えるとき、まず心に浮かんでくるのです。

キング牧師は「善人」と言っていますが、私はこれを「周囲の人々」「その他大勢」に置き換えて考えます。

傍観者だった周囲の人々が変われば「いじめ」はなくなっていき、無関心であったその他大勢の人々が変われば憲法改正だって止めることができます。

障害児を育てたことのない私が、障害をテーマにした投稿をすることは、やはりはばかられる気持ちもあり、先の投稿は、ほぼ先輩の文章をそのまま引用する形で紹介しました。

でも今回は自分の言葉で発信しようと思いました。

「障害を持つ人の家族でなければ、本当に発信してはいけないのか?」

やっぱり分からない事は多いと思うし、完全で、つっこみどころのない文章はとうてい書けないでしょう。分からないからヘタなことは言いたくないし、誰も傷つき、傷つけたくはありません。「ここは黙っておこう。当事者ではないのだから・・・。」と多くの方が考え、口を閉ざすのではないでしょうか?

「余計なことは話題にしない」、「触れてはいけない問題は暗黙のうちにタブー視する」、これらは日本人の奥ゆかしさや優しさであると同時に、場合によっては「ずるい傍観者」を増やしている日本人の国民性でもあるように感じます。

でも私は信じています。

「優しさの欠如は想像力の欠如である」ならば、「豊かな想像力は、豊かな優しさに繋がる」と。

「親であるならその気持ちわからなくもありません。」とコメントにあったように、障害を持っている、持っていないにかかわらず育児は大変なものであり、子を思う親の気持ちなどは通じる部分がきっとあるはず。

「特に障害児と診断されていない子どもを育てることも大変なのに、障害を抱えている子どもの療育は、どんなに大変だろう。」と分からないながらもみんなが想像力を働かせ、「何か自分にできることはないか?」と考えていくとき、きっと障害を持つ人々や家族に優しい社会になると信じます。

私の周りにも障害を持つ子どもを懸命に育てていらっしゃるご家族がいらっしゃいます。障害を持っている子ども達の施設を訪問したことがあります。その子ども達が歌を歌っている姿に私は胸を打たれ、その純真さに涙したことがあります。

どうして私が障害を持っている人やその家族を見下したりできるでしょう?むしろ私は心動かされ、尊敬の念を抱いているのです。

「私と同じ状況ではないあなたに何が分かるのか?」という言葉は、私も人に対して思ったことがあるし、牧師の妻として人から言われることも多々あります。

でも人は誰も「人と同じ状況にはなれない」し、そうなる必要もないのです。人にはそれぞれ負っている重荷があり、それは神様から与えられたそれぞれの重荷です。

イソップ物語に「きつねとつる」というお話があります。

意地悪好きの狐が鶴に「ご馳走するからいらっしゃい」と招待し、やって来た鶴にわざと平たい皿に入れたスープを差し出す。鶴はクチバシが長いため飲めない。それを見ながら狐はおいしそうにスープを飲む。

しばらく後、鶴は狐に「先日はご馳走をありがとう、今度は私がご馳走するからいらっしゃい」と言って、訪れた狐に細長い口の壷に入れた肉を差し出す。狐はクチバシがないのでそれを食べられない。それを見ながら鶴はおいしそうにクチバシで中の肉をつまんで食べる。

出典 https://ja.wikipedia.org

「人と同じ状況にはなれない」部分をいくら言い合っても、きつねとつるのように意地悪し合い、傷つけ合うだけです。

「結婚していないあなたには分からないでしょうけど・・・」
「子どものいないあなたには分からないでしょうけど・・・」

こういう言葉は「いじめ」であり、弱さを持つ方が「あなたに私の気持ちは分からない」と言うことは「逆いじめ」にもなり得ます。

どう頑張っても今はその同じ状況にはなれないところを突くのではなくて、少しでも共通点を見いだしたり、分からないながらも想像力を働かせてみると、相手の気持ちに少しは寄り添うことが出来るようになるかもしれません。

私たちは、「きつねとつる」のような意地悪で冷たい、傷つけ合う社会ではなく、「同じ状況ではないから分からない人」に対しても、少しでも知ろうとし、想像力を働かせ、何か協力を願っているのであれば全力で応援していく、そういう温かい社会でありたいと願うのです。

現在、障害を持っている子どももできる限り普通学級で過ごせるようにし、企業でも障害を持つ方が働くことができるような枠や制度を整えて、障害を持つ方が社会へ出て行けるようにとの取り組みがなされています。

受け皿となる社会となる私たち一人一人の理解と協力が大切になってくると考えているのです。


私は時間と体力がないだけで(夜になると、書きたいことがあっても疲れて寝てしまいます。)、発信すべき事はまだまだ沢山あります。

誤解や失敗、批判を恐れては、何も発信できなくなるでしょう。たくさんは書けませんが、また不完全で足りないながらも、今後もめげずに発信するでしょう。

読むのも読まないのも個人の自由ですし、発信された文章を読んでどう感じ、どう受け止めるかは、あとは受け取る側の問題です。

今回の一連の文章が「那覇市に支援学校が必要である」ことのお知らせと共に、特に障害を持っていない方や、障害児を育てていない人に多く「障害を持つ子どもや家族」について目を向け、心を向け、考えるきっかけとなれば幸いです。

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