Jリーグの横浜・Fマリノスに所属する中澤選手。日本代表にも選ばれ、ワールドカップなどの国際大会に多く出場し、活躍しました。大活躍の中澤選手ですが、プロになるまでに大変な苦労を経験しているんです。

中澤佑二

1978年2月25日生まれ。横浜F・マリノス所属。ポジションはDF。

サッカーを始めたのは少し遅め!

サッカーを始めたのは小学校6年生とプロ選手の中では遅め

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プロの選手は小学校低学年のころから競技を始める選手が多いですが、中澤選手がサッカーを始めたのは小学校6年生と少し遅めだったんです。

高校時代まで全くの無名選手で、プロや大学から声がかかりませんでした。

中澤選手は高校卒業後、サッカー留学でブラジルに渡りました。

「俺もJリーグからの話が何もないから、カズさんのようにブラジルに行って活躍して、ブラジルでプロのチームと契約すれば、Jリーグのチームから話が来るんじゃないか。だからとにかくブラジルに行くことによって、プロサッカー選手という夢へのトレーニングになるかな」と考えて留学しました。

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プロになるという夢を叶えるためにブラジルにサッカー留学したんです。

ブラジルを選んだのにはこんな理由がありました。

あと、ブラジルはサッカーが世界一強くて、すごい上手な選手がたくさんいるというイメージがあって、そういううまい選手をディフェンスで止めてやろうと。世界一の選手たちを止めれば、俺は世界一のディフェンスになれると思ってブラジルを選んだんだ。

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サッカーが世界一強いというイメージがあったので、ブラジルを選んだそうです。確かにブラジルは世界の中でもサッカーが強い国ですもんね。ブラジルで練習し、練習試合などにも出場したそうです。

しかし、ブラジルでのプレーを断念

一年後にビザ更新の為日本に帰国したところクラブから必要書類が届かずブラジルでのプレーを断念した。

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ブラジルでのプレーを断念したのはこのような理由があったからなんです。

Jリーグの各クラブへ売り込みをかけたがどのクラブからも誘いは来ず、母校のサッカー部で在校生に混じって練習を続ける。

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ブラジルから帰国した後は母校のサッカー部で在校生と一緒に練習を続けました。

練習を続ける中澤選手にある日チャンスが訪れました。

練習生時代

ヴェルディ川崎(現在の東京ヴェルディ1969)のユースとの練習試合があり、中澤選手はその試合に出場しました。その試合で中澤選手は活躍し、練習生としての入団が決まりました。

練習生契約では給料は支払われず、必要費用をクラブに支払って練習に参加する。認められればプロと一緒に練習が出来るが、クラブからは交通費など金銭補助は無く自腹での練習参加

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中澤選手はこのような状況の中で練習を続けました。

プロ契約

1999年にプロ契約となり、新人王を獲得しました。

2002年に横浜F・マリノスに移籍し、チームの2連覇などに貢献しました。

日本代表としても活躍!

1999年のイランとの親善試合で代表デビューし、その後長年に渡り日本代表選手として活躍しました。

日本代表では守備だけでなくセットプレーにおける得点源としても活躍し、通算得点数17は日本代表におけるDF登録の選手では史上最多記録である。

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守備だけでなく、攻撃でもチームに貢献しています。

さまざまな逆境を乗り越え無名から這い上がり、日本代表にも選ばれた中澤選手。さらに進化を遂げる中澤選手から目が離せません。

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