記事提供:子ある日和

小さい子供達を抱えて身動きが取れず、どうやって一日を過ごそう、飽きさせず、ぐずらせず、夜はたっぷり寝るように子供には体力を使わせて、自分は出来ればヘトヘトにならずに夜まで余力を残せるように・・・と毎日頭を悩ませていた。

自宅から遠くなく、あまりお金がかからず、雨の日も長時間いられるところを雑誌やママ友の情報交換で一生懸命探した。

初めてボールプールに入ったときの夢のような気持ちを未だに覚えている。

プラスチックのボールの海に体を沈めるのがあんなに心地良いなんて。

子供と同じぐらい夢中になった。

ショッピングモールの小さなメリーゴーラウンドで子供を前に乗せて二人乗りすることも、少し大きくなって子供が一人で乗れるようになれば、外から眺めて子供が回ってくるたび何度も手を振ったことも、

自分一人だったら出来なかった。

よく見れば馬だけでなくいろんな動物がいたり、鞍の色や形も意外と工夫が凝らされていてきれいなことも、何度も足を運んだから気が付いた。

膝に乗せてこいだり、後ろから小さい背中を押してやったブランコ。

ブランコって、こんなに夢中になる遊具だったっけ。

かつての自分が好きだったこと、その頃の友達の名前やちょっとした出来事も思い出した。

忘れていたたくさんの小さな思い出がよみがえってきたのは、自分が子供と遊ぶようになったからだ。

指をくわえたまま固まって、降りられなくなった子供をしかたなく膝に乗せて一緒に降りた滑り台。小さい頃はあんなに広くて長かったのに、大きなお尻がつっかえて狭いし、すぐに下に着いてしまったのにびっくりした。真夏の滑り台がすごく熱くなることもその時知った。

子供服やおもちゃ売り場の物をたくさん見た。大人の物にはないかわいい形や色、デザインを手にとってじっくり楽しめたのも、子供がいたからだった。

どれもみな、自宅から半径せいぜい2、3キロメートルの範囲でのことだ。

それだけが私の生活の全てになってしまったのに、その中には無限の新しい発見や思い出の発掘が詰まっていた。

大人になって行動範囲や可能性がどんどん広がっていくうちに、切り捨てたことや忘れていったことがたくさんあった。

けれど、

この不自由で大変な毎日の中で、それらが次々といろんな所から顔を出して、たいしたことはしていないはずなのに、どんどん自分が豊かになっていった。

最後にブランコや滑り台のある公園に行ったのはいつだろうか。

赤ちゃんグッズや服の専門店に入ることも、

ボールプールに入ったり、

メリーゴーラウンドに乗ることも、

すっかりなくなってしまった。

いつの間にか、自分の、ではなく子供達の小さい頃がすでに思い出になってしまった。

今、通りすがりの公園で見かける、小さい子供達と遊んでいるお母さんたち。

あなたの顔が小さな子供達と同じぐらいきらきら輝いているのを知っていますか。

どうぞ、小さい、ささやかな思い出をたくさんたくさん作ってください。

いずれ、時々ふっとよみがえるその思い出が、どんなに高価な物よりもあなたの最高の宝物になるのです。

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