韓国出身、大阪育ち。93年にはパリコレに参加したほどの実力のモデルさん。2013 年にアメリカ人の実業家とセレブ婚を果たしましたが、ご幼少時代は大変な貧しさだったそうです。

《韓国出身・大阪育ちのモデル「アンミカ」さんの生い立ち》

韓国のリゾート島・済州島の出身。5人兄弟の次女。ご両親は在日韓国人で現在と違い、差別もあって日本に来た頃には定職につけない状態だったのだとか。そのため、日々の暮らしに事欠くような貧乏を強いられてしまったのですね。

《子供の頃の生活はなんにも「ナイ」づくし》

子供の頃住んでいたのは6畳一間のアパート・・・ではなくて、家を借りることもできず、なんと「人の家の2階部分」の4畳半。いわゆる「間借り」というやつです。そこに家族7人が生活していました。当然、お風呂とトイレも共同で家主がいない間にすばやく入っていたとか。

《おやつも「青果市場」の売れ残りのフルーツ》

子供の頃は親が買ってくれるおやつが楽しみですよね。でもアンミカさんの家では買ってもらえなかったため、おやつも「自分でゲット」が鉄則。子供たちだけで夜中の3時にセリが行われている青果市場に出かけていき売れ残りをもらっておやつにしていたんだとか。ただ、傷みにくいスイカは分けてもらえなかったため、「スイカを食べるのが夢だった」そう。

《スイカが食べたい時の必須アイテム》

夏の味覚といえばやっぱりスイカ。今でも1個丸々を買おうとすると1,000円以上して高価です。極貧のアンミカさん宅ではもちろん高嶺の花。そんなときには季節を問わずスイカを堪能できるアイテムが大活躍していました。それは「乾燥したスイカの種」。種をしゃぶることで季節を問わずスイカのフレーバーが堪能できるというわけです。

《2度も家が火事に見舞われて》

一家が住んでいたのは大阪の中でも「コリアンタウン」という在日韓国人の人々が住むディープな地域。間借りをして住んでいた家が2度も火災にあうという悲劇!もう「人を不幸に陥らせるなにか」がとりついているとしか思えません。

《小さい頃に顔に怪我。それがコンプレックスとなって。。》

3歳の時に工場の階段から転落し、口の中を大きく切るという怪我をしたアンミカさん。手術の後遺症で「笑うと上唇がめくれてしまう」という癖が残ったそう。のちのちそれがコンプレックスとなったと同時に「美」に対しての意識が目覚めたんだとか。

《美容部員として働きはじめたお母さんの一言がきっかけで》

口元の怪我がコンプレックスなアンさんを見かねてお母さんが日本語を猛勉強。そして資生堂の美容部員として働きはじめました。仕事場で得た知識をアンさんに教えてくれる毎日。しだいに「美」に目覚めてきたアンさん。「キレイに笑えるようになって、大きくなったらモデルさんになれるわ」お母さんのその一言でモデルを目指すようになったそうです。

《高校の時にモデル事務所に応募》

出典 http://www.apu.ac.jp

そんなミカも高校では陸上部に所属。部の練習と並行して早朝の新聞配達やパン屋のバイトなどをこなし、兄弟で助け合って生活していました。中3の時にお母さんがガンで他界。美容部員時代に「アンちゃんは大きくなったらモデルさんになれるわ」という言葉を実践すべく、高校在学中にモデル事務所に応募をしました。

《陸上で鍛えた体。プロポーション抜群なのに選ばれず》

身長174センチ、体重53キロ、スリーサイズ85-60-89という素晴らしいプロポーション。しかも陸上で鍛えていますからモデルウォーキングに必要な「体幹」もばっちり強化されています。でもなぜかモデル事務所のオーディションでは最終選考で落とされてしまいました。

《オーディションでは最終選考で落選。でもラッキーが待っていた!》

オーディションでは惜しくも落選してしまいましたが、たまたま合格した人の中からキャンセルが出て、次点のアンミカさんが繰り上げ合格に!!これで晴れてモデル事務所所属のモデルとなったのです。

《高校卒業後、トップモデルをめざし単身パリへ移住》

出典 http://www.veltra.com

アンミカさんが高校を卒業したのは90年代初頭。その頃とはいえインターネットはまだ無いし、土地勘のないフランスのパリへ女の子がひとりで移住するのはなみたいていのことではありません。なのにアンミカさんはすんなり行動!ほんとうにすごいフットワークです。

《英国の雑誌I-Dに写真が掲載されたことがきっかけでパリコレに!》

20歳の女の子が単身わたったパリでパリコレの切符を手に入れるのは容易なことではありません。英国の雑誌I-Dの写真掲載をきっかけになんとパリコレのモデルへの切符を手に入れました。ほんとうに人生はどこでどうつながるか分かりませんね!

《その後は韓国、日本でのファッションショー、CM、広告に出演!》

ここからミカさんの快進撃がはじまりました。亡きお母さんの一言が背中を押してくれてようやく出演できたパリコレ。もうスーパーモデルの免罪符を手に入れたようなものです。それからは国内や韓国でのファッションショー、CMや広告、映画の仕事までが舞い込みました。

《お父さんのお墓を作りに韓国を訪れ、韓国語がしゃべれないことにショックを受ける》

お父さんのお墓を作りに兄弟ではじめて故郷である韓国・済州島を訪れ、自分は韓国人なのに韓国語がしゃべれないことにショックを受けます。それがきっかけで延世大学韓国語学堂に1年間留学。その後は講演やエッセー執筆などの仕事も増え、AHN MIKA名義で仕事をしています。

《その後、テレビでも多方面に活躍》

2004年ごろから大阪のテレビ「あん!」や「4時です。上方クラブ」などのテレビ番組に出演。2009年には「韓国観光名誉広報大使」に任命され、2010年に活動拠点を大阪から東京に移し、さらにバラエティー番組出演も増えて自慢の貧乏話などを聞かせてくれています。そのコミカルさにバラエティー出演は増えるばかり。

《資格の宝庫!アンミカさんは努力の人!》

やはりファッションという華やかな世界にいるとおのずと美容にも気を使わざるを得ないことからアンミカさんは美容関連の資格を沢山お持ちです。ざっとNARDアロマアドバイザー、ASIACT認定オーラソーマプラクティショナー、ジュニア・ベジタブル・フルーツマイスター、それにヨーロッパのマナー関連資格であるEPMプロトコールなどさすがに国際派!と感心してしまうほど。やはり努力せずには有名になれないんですね。

2012年にアメリカ人制作会社社長セオドール・ミラー氏と結婚。氏の兄はアカデミー賞映画『マネーボール』や『カポーティー』のハリウッド映画監督、べネット・ミラー氏です。

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