記事提供:カラパイア

ここで紹介するのは、イタリア周辺で信仰されてきた聖人の不朽体(聖人の遺体のこと)だ。白骨化した部分もあるが、死後数百年経っている割には極めて保存状態がいい。

カトリック教会によれば、神の御業によって死後も腐敗しない者がいるという。それは彼らの神聖さの証なのだ。

不朽体からは甘く芳しい神聖な香気が漂うという。不朽体であると認定されるには、防腐処理やミイラ化はご法度であり、自然のまま残されていなければならない。

しかし、多くの聖人はもともと安置されていた場所から移動する際に、別の処理を受けている。それらは認められているもので、ろうや銀で覆う、あるいは石炭酸に浸すという方法がある。

そうした意味で、どこまでが不朽体で、どこからが防腐処理を受けた遺体なのか区別することは難しい。

かつて不朽体は永遠と考えられていたが、長い年月を経るうちに多くの聖人が単なる骸骨でしかなくなってしまった。今では教会は不朽体を奇跡に数えておらず、神の好意の証のようなものと考えている。

ローマ、サンタ・ドロテア修道院の聖パウラ・フラッシネッティ。1882年の死後、遺体は石炭酸に漬けられた。

ローマ、サン・フランチェスコ・ア・リーパ・グランデに祀られるセッツェの聖カルロのろう人形。遺体は後ろに置かれた祭壇の下に安置されている。

聖フランシスコ・ザビエルの腕。ローマ、ジェズ教会にて。

ジャーナリストのエリザベス・ハーパーが撮影した聖人のうち、聖パウラ・フラッシネッティはローマのサンタ・ドロテア修道院のガラスケースの中に展示されている。

パウラは1809年イタリア、ジェノアに生まれ、シスターズ・オブ・セント・ドロシーという修道会を設立し、貧しい人の救済に生涯を捧げた。

1882年に没し、1906年に不朽体に認定された。ほとんど白骨化してしまったが、顔の表情だけは石炭酸のおかげで綺麗に残っている。

1572年に没して、銀による防腐処理を受けた不朽体が第225代ローマ教皇ピウス5世だ。

体の一部分のみが不朽体になることもある。ローマ、ジェズ教会には聖フランシスコ・ザビエルの右腕が祀られている。

ザビエルは右手で改宗者を祝福し、洗礼を施したと言われており、1614年にイエズス会総長クラウディオ・アクアヴィーヴァによって切断後、銀の聖骨箱に納められた。

出典 YouTube

聖フランチェスカ・ロマーナの不朽体は、今では骨だけとなり果てた。1440年に没してから数ヶ月の間腐敗しなかったと伝えられている。

ガラスケースの中に納められているのは、聖ロベルト・ベラルミーノの不朽体だ。サント・イグナツィオ教会の亡骸は、枢機卿の赤いローブをまとい、副祭壇の下のガラスの中に安置されている。

ローマ、サンタ・マリア・アラコエリ教会にある聖ジョバンニの亡骸。

聖ビクトリアの散逸した遺骨は、彼女が殉教者であると考えた人によってローマのカタコンベから運び出された。教会が断片を集めたか、作り上げたかしたために、その顔も経歴も、着ている服さえも本物かどうか分からない。

ほぼ白骨化したフランチェスカ・ロマーナは修道衣に身を包まれている。1440年に没して数ヶ月腐敗しなかったことから、不朽体と見なされた。

それから2世紀後に墓を暴くと、骨以外は残されていなかった。研究を行ったピサ大学の病理学者チームによれば、墓を暴いたことにより遺体を保存していた微気候が崩れ、腐敗が進んだ可能性があるという。

サン・クリソゴノ教会に眠るのは1837年に没した福者アンナ・マリア・タイギだ。祭壇からは不朽体に見えるが、近寄ると顔のシワはろうでできていることが分かる。

いく筋かの黒髪が、金髪の巻き毛から伸びており、どことなく死を連想させる。彼女もまた白骨化している。一説によれば、これは彼女が発見された瞬間の印象を残したものであるらしい。

1572年に没した第225代ローマ教皇ピウス5世は、銀による防腐処理を受け、サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂に安置されている。

ガーゼとドレスに包まれた聖ヴィットーリアの遺骨。サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会にて。

マグダラの聖マリア教会にある聖カミロ・デ・レリスの不朽体。遺骨はろう人形の中ではなく、その下の小部屋に置かれる。

初めて不朽体となった聖人、聖セシリア。このろう人形は発見当時の姿勢を模したものだ。首の傷は殉教時のもの。

聖ビクトリアのろう人形。遺体が見えるように一部が切り取られている。サンタ・マリア・デッラ・ヴィットーリア教会にて。

聖ビクトリアは、殉教者だと考えた人によってローマのカタコンベから運び出された。

出典:dailymail

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