米・ニューヨークに本拠を置く世界最高峰のバレエ団「アメリカン・バレエ・シアター」(ABT)のソリストとして活躍中のミスティ・コープブランド(32歳)が、黒人初でチームのプリンシパルに選ばれたことが世界中の話題になっています。

ABTのプリンシパルに正式に選ばれた瞬間!仲間とハグするミスティの姿に感動!

この感動の瞬間をInstagramの動画でご覧ください!

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32歳のミスティは、6月30日に米・バレエ史上初、黒人初のプリンシパルに昇進したのです。

アメリカン・バレエ・シアターとは

アメリカ合衆国ニューヨークに本拠をおく世界最高峰のバレエ団の一つ。アメリカ最大のバレエ団として、ニューヨーク・シティ・バレエ団と並ぶ名声を誇る。母体劇場はリンカーン・センター内にあり、

毎年8週間の春季公演をメトロポリタン・オペラ・ハウスで、それより短い秋季公演をディビッド・H・コーク劇場 で行い、その他のシーズンは世界中でツアー公演を行う。所属ダンサーは86人。プリンシパル15人、ソリスト14人、コール・ド・バレエ57人(2011年9月)。

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1939年に結成されて以来、1940年1月、NYのセンター劇場で初演を行いました。国内のダンサーの階級は、「スタジオ・カンパニー」「コール・ド・バレエ」「ソリスト」「プリンシパル」の順に上がって行きます。

ミスティは、順調に昇進し、この度、黒人初のソリストからプリンシパルに昇進。

ミスティは、以前から注目されており、2014年3月、自叙伝が出版されています

Life in Motion: An Unlikely Ballerina (English Edition) [Kindle版]

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2014年7月、スポーツブランド「アンダーアーマー」のCMに出演!

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動画をご覧になればお分かりだと思いますが、プリマらしからぬ発達した筋肉質の脚など、バレエ向きでない身体や、バレエを始めたのが13歳と遅いデヴューだったことで、当初はバレエ団に入団できなかった理由が語られています。

このCMがきっかけで、ミスティのことが世間に注目されて行く!

ここで、ミスティの生い立ちからABTに入団するまでをご紹介しましょう!

1982年9月10日、米・ミズーリ州に生まれ、カリフォルニア州で育つ。アフリカン系アメリカ人である彼女は、黒人と白人のハーフです。

母親が、結婚→離婚を繰り返し、父親が変わる度、モーテルや住居を転々としていたそうです。ミスティと父親が同じ兄弟が3人、後の2人は父親が違う兄弟です。

実の父親とは、両親が離婚した2歳から22歳まで1度も会えなかったそうです。

ミスティは、恵まれない家庭で育ちました。シングル・マザーで医療秘書をしている母親と、5人の兄弟と共にモーテルからモーテルに転々とする暮らしをしていました。しかし、彼女は生まれつき美しい容姿に恵まれていました。

13歳のある時、米のバスケットグラウンドでダンスをしている彼女を見初めた人がいました。それは、地元のあるバレエクラブの教師・シンシアでした。美しい容姿としなやかな身体を見て、シンシアに声を掛けられたのです。いわゆるスカウトでしょうか。

3ヶ月後、、、彼女は初めてトゥ・シューズを履き、その後2年も経たぬうちに、初めてある団体の奨学金によりバレエを続けることになりました。

「13歳から15歳までの2年間、1日にバレエのクラスを3つ掛け持ちしていました。午前中は5歳の子どもたちとともに基礎を学び、その後、午後のクラスでも練習をしました。」(自叙伝より)

ミスティは、生まれながらのバレエの才能と情熱があったということでしょうか。

16歳。ミスティは、貧困の家庭の事情でレッスンに通うのが難しくなりました。しかし、ミスティの才能を認めたシンシアが、本格的にバレエの練習を始めるために、シンシアの家族の元で一緒に暮らすように勧めました。

しかし、まだ幼い少女のミスティ。家族にも会いたいだろうと、シンシアは彼女を週末だけ親元に返すように配慮してくれました。

この頃、13歳から始めた遅咲きのバレエデヴューと、黒人がバレエの活躍に不利なことを感じて行きます。自分より幼い少女たちが、どんどん役を与えられる中、ミスティは焦りと不安を感じて行くのです。

今まで、シンシアの配慮で、週末だけ家族の元に帰っていたミスティでしたが、「もう母の元へは帰りたくない」と、裁判所に相談。彼女の身柄を巡り、親権争いが裁判で行われたそうです。

シンシアの献身的な人柄と、シンシアの家族と生活をするうちに、幼い頃の母親の態度がトラウマになっていたのでしょうか。何よりも、ミスティは、バレエに無中になり、週末の時間さえレッスンに充てたいと考えたのかもしれません。

2000年、19歳。ミスティは、身長が157㎝と小柄でがっちりとした体型でした。しかし、黒人のメリットは、手足が長いこと。彼女は身体を絞りダイエットをし、1年がかりでスリムにしたそうです。

この頃、ミスティは、「アメリカン・バレエ・シアター」へ正式に入団。2007年からソリストに昇進。(※ABTのプリンシパルダンサーは、現在、女性9名、男性7名の計16名)

ABTの黒人ソリストとして、ミスティは世界中に注目されはじめる

6月2日付けの「THE WALL STREET JOUNAL 」に、米・ワシントンDCのケネディ・センターで見事な演技を披露した黒人ソリスト「ミスティ・コープブランド」の多忙な1日が取材記事として掲載されていました。

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トゥ・シューズを履き、レッスンを始めるミスティ。真剣なまなざしです。

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ファンサービスも笑顔で快く対応しています。ファンの少女に注目。ミスティは、黒人少女たちの’希望’なんですね。

ミスティの美しい姿をご紹介

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彼女の脚に注目。美しい筋肉が発達していますね。

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バレエの衣装に身をまとわない彼女の姿も、美しく色気がありますね。

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ハリウッド女優のウーピー・ゴールドバーグと一緒に。ミスティが大好きな女優さんだそうです。笑顔がまぶしいですね!

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素顔の彼女は、笑顔がとても素敵な誰からも愛される魅力的な女性です。

さいごに

ミスティは、ABTのプリンシパルに選ばれた記者会見で、「アフリカ系米国女性が、この地位(プリンシパル)を得られる日が来るのか分からず、不安で自信を失くし、バレエを止めようと思ったこともある」と心情を告白しています。

両親の離婚で、幼いころから住居を転々としていたミスティ。13歳のある日、バスケットグランドでダンスを踊る彼女に声を掛けたシンシアとの出会いが運命だったのですね。貧しい家庭で育った少女が、はじめて自分の才能を認められた瞬間でした。

その後、バレエに夢中になり、ひたすらバレエのレッスンを続けてきた彼女。ひた向きでエネルギッシュなミスティの精神力は素晴らしい!70年以上のバレエ史上の中で、ついに黒人女性初のプリンシパルに。

まさにバレエの歴史を変えるほど、彼女の実力が認められたのです。今後、プリマを目指す黒人少女の夢と希望を託すカリスマ的存在になることでしょう。これからも、さらなる活躍を期待したいですね。

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cocon☆hanna このユーザーの他の記事を見る

キャリアカウンセラーの道を目指し、資格取得後オンラインカウンセラーとしてデヴュー。WEBライターとして活動をはじめ7年になります。人に「読まれる・読ませる」ライターを目指しています☆

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