記事提供:子ある日和

2才年上のお兄ちゃんと3才年下の妹に挟まれた次男は、いつもはっきりしない無口な子だった。

自分から何かをしたいとか何かが欲しいとか、主張することがほとんどない。

こちらが聞くと首を縦か横に振るだけ。

三人きょうだいの真ん中は難しいよ、と周囲に言われていたが、何をどう気を付けたらいいのかわからなかった。

2、3歳の頃。いっとき、私が朝目を覚ますと必ず次男がふとんの中からこちらをじっと見つめていることがあった。

私が見つめ返すと、ゆっくりと笑顔になる。私もつられてにっこり笑うと、もっともっと笑顔になる。

どんどん嬉しそうな顔になって、ついこちらもつられて、朝から無言の笑顔のやりとりが習慣になっていた。

私は、夫と幼稚園に行く長男のお弁当を作るので、家族の中でいちばん早く6時前には起きる。

でも、なぜか次男は私が目を覚ましたときには必ず私を見つめていた。

ということは、次男は毎朝必ず私より少し早く起きていたことになる。

ふたりで内緒の笑顔のやりとりのあと、私が起き上がると、ちゃっかり二度寝してしまうのだけれど。

変な子、と思いながらも、笑顔が可愛くて朝から何だかこちらも嬉しくなった。

次男と二人だけで出かけることは滅多になかった。

少し大きくなって、4才か5才の頃、何かで二人で出かけたとき、広い公道に続く長い坂道を見下ろす一角で、ふと次男が立ち止まった。

「前に、ここでぼくがボールを追いかけていったんだよね」

と次男が言った。

「そうだったね。お母さんが危ない、ダメ!って言っても、言うこと聞かないでどんどん走って行っちゃったね」

あれは確か、3才にもならない頃のことだ。

うんと小さかったのに、ちゃんと覚えていたなんて。

あの時の次男は、坂道を転がっていくボールしか目に入っていなかった。

あのまま車通りのはげしい広い公道に飛び出したら、どうなっていたか…。

「あの時お母さん、『ボールはいくらでも新しいの買えるけど、ゆうまは新しいのは買えないんだよ』って言ったんだよね」

そう言いながら、次男は照れくさそうに、でもものすごく嬉しそうに笑った。

ああ、この笑顔だ。

少し前、毎朝私が目を覚ますと嬉しそうに無言で笑っていた、あの顔と一緒だ。

あの時は夢中でそう言ったけど、次男にとってそれがどんなに嬉しい言葉だったかなんて、考えもしなかった。

そして、私は気が付いた。

次男は、毎朝私との二人だけの朝のおはようがしたくて、あんなに早く起きていたに違いない。

私の寝顔を見つめながら、目を覚ますのを今か今かとわくわくしながら待っていたのだろう。

お兄ちゃんにも妹にもじゃまされない、ふたりだけのひとときを…。

だから私が目を覚ますとあんなに嬉しそうに、何度も何度も黙ったまま、笑ってたんだ。

誰も起こさないように気を付けて、そうっとそうっと。

次男は幼いなりに、自分の家族の中での位置を考えていたのだ。

いつも自分より何でも出来るおにいちゃんと、

兄弟でたった一人の女の子の甘え上手な妹に挟まれて、

どうすればお父さんやお母さんが困らないか、喜ぶか、自分を認めてもらえるか…。

だけどやっぱり、無条件に自分だけを見つめてくれる瞬間が欲しかったんだよね。

だからそれが手に入ったとき、極上の笑顔が生まれていたのだ。

長男と長女の笑顔ももちろんかわいかった。

でも、次男のとびきりの笑顔を超える笑顔は他にない。

高校生になって、「は?うっせえよ」と吐き捨てるようにつぶやかれることもある。

けれども、ふとあの笑顔を思い出しては、それ以上何も言う気になれず受け流してしまうのだ。

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