記事提供:カラパイア

ジョン・レノン(1940年10月9日-1980年12月8日、享年40歳)と言えば言わずと知れたロックバンド、ビートルズの元メンバーであり、1980年12月8日にマーク・チャップマンにより銃殺された。

いまだ根強いファンを持つジョン・レノンだが、彼は自らUFOを目撃したことを語っている。

1974年、元ビートルズのジョン・レノンが、ニューヨークでUFOを目撃したと主張した。マンハッタンのアパートにガールフレンドのメイ・パンと住んでいたときのことだ。

空に見えたその光はただの光ではなかった。巨大な飛行船がレノンが住んでいた52丁目のアパートのすぐ外に現われた。レノンは臆することなく、このことについて語り、実際、曲にも書いている。

この『ノーバディ・トールド・ミー』の中で、“ニューヨーク上空にUFOがいたって、ぼくはそれほど驚かない。こんな日がくるなんて、誰もおしえてくれなかった。なんて時代だ“と歌っている。

メイ・パンは、レノンがヨーコと別居していたときの彼の私設秘書で、のちに恋人になった。レノンがメイ・パンと一緒に住んでいたころの1974年8月23日の暑い夏の夜、それは起こった。

レノンは素っ裸でバルコニーからイーストリバーを眺めながら涼んでいたが、突然大声でパンを呼び、バルコニーに出てくるよう叫んだ。

レノンが描いた、アルバム「心の壁、愛の橋(Walls and Bridges)」のジャケット。ニューヨークらしき町にUFOERとイニシャルの入った空飛ぶ円盤が現われた場面が描かれている。

パンがバルコニーに出てみると、レノンが見たものが見えた。のちにパンは、大きな円形の物体が向かってきたと証言している。

平べったいコーンのような形をしていて、トップから大きな赤く輝く光を発していたが、それはニューアーク空港に着陸するいつもの航空機の点滅の仕方とは違ったという。

さらに近づいてきたので、白い光の列がUFO本体のまわりを取り囲むように並んでいるのがわかり、それがついたり消えたりしていた。あまりにたくさんの光に圧倒されそうになったという。

UFOの大きさはおよそリアジェット(ビジネスジェット機を提供するアメリカの航空機メーカー)ほどで、あまりにも近くに接近してきたので、物を投げたら簡単に当たりそうだったという。

UFOは5分から10分ほどそのままだったが、その後、どこかへ消え、戻ってきたかとおもったら上空へ飛んで行ったという。

これを目撃していたのはレノンとパンだではなく、少なくほかにも7名の目撃者がいて、彼らは地元紙に連絡した。

ラリー・ウォレンによるそのときの記事を読むことができる。また、レノン自身がをのときの様子を語るラジオインタビューを聞くこともできる。

"もし、大勢がUFOを受け入れ始めたら、生活や政治、あらゆるものに対する彼らの姿勢に大いに影響を与え、現状を打破することになるだろう。自分たちのちっぽけな生活よりも考えなくてはならないもっと大きなことがあることに人々が気づくようになったら、個人のレベルを劇的に変えられるほど成熟できたことになり、最終的には政治改革につながるだろう"

UFO目撃をオープンにするのは、レノンにとってかなり勇気のいることだった。まず第一に、彼はビートルズのメンバーだったし、彼が精神に影響を及ぼすドラッグを使っていたことは誰もが知っている。

それに、UFOを目撃したとき、素っ裸だったという事実もある。

こうした状況で、UFOを見たと積極的に話すことは、一部の人たちから笑いものにされる危険を伴う。

レノンは子供の頃にもUFOを目撃していて、拉致されたことがあるとも言っているため、世間一般の見方からすれば、よけいに疑われかねない。

1974年当時の常識からすれば、ジョン・レノンは信頼性のある目撃者ではなかった。

しかし、レノンはUFOに関することも含め、自分の気持ちを語るのに躊躇しなかった。

結局、レノンとパンは、いわゆるUFOらしきものが、彼らのニューヨークのアパートの外に浮いていたと主張し、それはプライベートジェットくらいの大きさでほんの90メートルほどしか離れていなかったので、ほとんど触ることができそうなくらいの感覚だったと言った。

あまりにもレノンがあっけらかんと正直に語ったことを考えると、これまでUFO目撃の信憑性を信じなかった一部のファンも考え直さなくてはならなくなった。

もし、レノンが自分の70回目のバースデーを祝うことができたなら、この30年以上の間にもっとUFOについてたくさんのことを語ってくれたことだろう。

メイ・パンとジョン・レノン

1970年3月21日、ロンドンのクーパーオーウェン・オークションで、ジョン・レノンによる珍しいスケッチやイラストがいくつか出品された。

これらは、レノンからギタリストのジェシー・エド・デイヴィスに贈られたものだ。

デイヴィスはレノンのアルバム『心の壁、愛の橋』や『ロックン・ロール』で、リードギターを務めていたセッションミュージシャンだった。

オークションにかけられたレノンの絵は、ほかにも1979年の日本の風景や、自画像、1974年のパームスプリングスでのパンとハリー・ニルソンの絵がある。

パンによると、ジョンは常にUFOに魅せられていて、ブリティッシュUFOマガジンの“UFOレビュー“を定期購読予約していたという。

「8月も終わりに向かう金曜日、わたしがシャワーから出ると、早く来てと叫ぶジョンの声が聞こえた」という。

ジョンがどれほどパニックになって取り乱していたか、パンは覚えている。パンが急いでバルコニーに出て、どうしたのと訊くと、ジョンは空を指さして、あれを見てと言った。

パンは驚いて目を疑った。まわりに点滅している白いライトがついた皿のような物体が、空を滑るように飛んでいるのが見えた。

パンはあまりに驚いて、見ているものが信じられなかったが、自分がUFOの目撃者になったことを確信したパンは思わず笑い出した。

ジョンになぜ笑うのかと訊かれ、そのとき、ふたりとも裸だったため、パンはユーモアをもって答えた。

「彼らもわたしたちを見ているなら、イーストサイドに住んでいる人間はみんな、金曜の夜にはバルコニーを裸でうろつきまわるものだと思われるかもしれないわ。わたしたちはアダムとイブのように見えるかもね」

そして、ふたりは部屋の中に戻って、もっとよくUFOを観察しようと望遠鏡を持ってきた。

ジョン・レノンのUFOのいたずら書き

UFOを目撃したのは、パンとレノンだけではなかった。地元警察や新聞にも目撃報告が寄せられた。パンはこれまでUFO現象については信じていなかったが、この体験後は自分で見たのだから真実だと書き記している。

パンの記述の中で特に注目したいのは、レノンがUFOのことを宇宙船として表現していて、ふたりとも飛行機や気象観測気球と見間違えたかもしれないとは決して思っていないことだ。

レノンはアルバム『心の壁、愛の橋』にこのUFO事件を組み入れている。下のほう、あるいは裏ジャケットに、“1974年8月23日 UFOを目撃した。J.L“と記されている。

さらにレノンは、ほかのふたつのアルバム「ミルク・アンド・ハニー」(原文は「ダブル・ファンタジー」となっているが間違い?)の『ノーバディ・トールド・ミー』、「マインド・ゲームス」の『アウト・オブ・ザ・ブルー』中でもUFOとの遭遇にふれている。

動画:UFOについて語るジョン・レノンのラジオインタビュー

出典 YouTube

レノンは自分のニューヨークのアパートのすぐ近くでUFOを目撃している。これは、ラジオのインタビューでそのときの体験を語っている動画。

この体験の後、レノンは知的生命体と直接接触し、珍しい金属の卵をもらったという。ジョンはそれを親しい友人ユリ・ゲラーに手渡したという。

更にはユリゲラーはレノンとのこんなやり取りがあったことを明かしている。

1975年、ヨーコとニューヨークのアパートの寝室で寝てたところ、光がドアの鍵穴から差し込み、そのまぶしさでレノンは目が覚めたという。

ベッドから飛び起きてドアを開けたところ、虫みたいな目と口を持った生き物が、ゴキブリのような動きで近づいてきたそうで、それは間違いなく宇宙人だと確信したそうだ。

レノンは、この生き物から金色の卵型の物体をもらったそうだが、こんな物は取っておきたくないと、ゲラーにそれを手渡した。

レノンは、「これが他の惑星へ行くためのチケットだとしても、俺はそんなところへは行きたくない」とゲラーに話したという。

中央のユリ・ゲラーが持っている物体がレノンから渡された金の卵

出典:educatinghumanity1.2

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