ある1曲が大ヒットして注目されましたが、それぞれの事情で惜しまれつつも解散してしまったミュージシャンたち…。しかし、その後ファン待望の復活を果たす方々もいらっしゃいます。その背景には、私たちの知らないドラマが隠されていました。

今回は、そんな一世を風靡した大ヒット曲があるにも関わらず、色々な事情で解散してしまい、その後また再結成したミュージシャンたちの今をご紹介します。

◆「1/3の純情な感情」で大ヒットしたSIAM SHADEと亡きマネージャーとの深い関係とは?

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栄喜(ボーカル)、KAZUMA(ボーカル&ギター)、DAITA(ギター)、NATCHIN(ベースギター)、淳士(ドラム)

1995年にメジャーデビューし、2002年に解散。その後、2007年、2011年と2度、一時的な再結成をしてきたが、2013年に本格的に活動を再開している。

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1997年に6枚目シングルの「1/3の純情な感情」が『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』のエンディングに起用され大ヒットとなりましたが、2002年に解散を発表。

【再結成の理由はSIAM SHADEを生涯愛し続けたマネージャーの七回忌がキッカケ】

2007年、一夜限りの再結成をライブを行いました。これは、彼らの元マネージャーである中村新一さんが逝去し、その追悼の意味を込めて武道館でライブを行ったそうです。また、2013年に再結成したキッカケも彼の七回忌だったようです。

マネージャーの中村新一さんとは?

昭和最後のロックバンド・マネージャーと称され、ビールを浴びように飲み、スイッチが入るとレコード会社の社長だろうが、局長だろうが、誰彼かまわずヘッドロック。そして「腹割って話そうぜ」と熱いロック論を繰り広げ、翌朝になるとケロッと忘れている男。

どれほどアルコールを胃にぶちまけても二日酔いとは無縁の豪傑。その男が生涯をかけ、とことん愛したバンド、シャムシェイド。メジャーデューから突然の解散まで家族のように愛しきった。

ぶつかり合いだって半端じゃない。言い合い、怒鳴り合い、つかみ合い。だからこそ、シャムのロックは突き抜けた。誰もが味わえない涙と笑顔があった。天性のアマノジャクが揃った5人組。中村新一がマネージャーでなければ、デビューして一年で解散していただろう。

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~HPにはこんなメッセージが…~

2013年4月25日、SIAM SHADEを愛し支え続けてくれたマネージャー故 中村 新一氏の7回忌を迎えました。

2002年3月10日 日本武道館での解散ライブ以降、2007年11月18日 故人の追悼公演、2011年7月17日、10月21日の東日本大震災復興支援ライブ、一時的にですがメンバーが集まり自分たちに出来る事としてライブを行ってきました。

その経緯の中、メンバーそれぞれの心にも大きな変化があり、7回忌というきっかけで再び集うライブではありますが、今でも俺たちが築き上げた音楽を愛し!支持し!熱い声援を送ってくれるファンの皆の為にSIAM SHADE メンバーである一人一人が純粋にその声に応えたいという気持ちでいっぱいです。

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【現在の活動】

SIAM SHADEはライブ活動を精力的に行っているようです!今彼らが活動しているのは、マネージャー中村さんとの深い絆が関係していたんですね。

◆「My Way」で注目を浴びたDef Tech、こじれた関係をブチ破った新しい命の誕生

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ハワイ出身のShenと東京出身のMicro

デビュー・アルバム『Def Tech』(2005年)が、インディーズでミリオンセラーを達成。その後も勢力的な活動を続けるが、07年9月に自らのホームページで解散を発表する。しかし、2010年6月に再結成を宣言。

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ヨコハマタイヤ「DNA S-drive」のCMのタイアップと、春のセンバツ高校野球のダイジェスト番組「みんなの甲子園」で流れた曲『My Way』をきっかけに、1stアルバム『Def Tech』が160万枚を売り上げる大ヒットを記録した。

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爽やかな「My Way」のメロディーを聞くと、つい懐かしさを感じる人も多いのではないでしょうか。

【お互いズレが生じShenが着信拒否!

結成当時、彼らは激貧生活を送っていました。しかし、ヒット曲が出て想像以上に彼らのもとにお金が入るようになり、また10分刻みで入ってくる仕事にお互い心にズレが生じ、解散に至った二人。

「Shenがハワイに帰る時、『1年ぐらいゆっくりしておいで!』って言った。でも2年経っても帰ってこない。しかも1年目の後半から電話してもずっと話し中。3年目も話し中。それでこれは着信拒否だって気づいた。

ベストフレンドでずっときて、ビジネスパートナーになって、最後は着信拒否……」。この時ばかりはMicroが寂しそうな顔を見せた。Shenに着信拒否のことをきいてみる。屈託のない笑顔で「うん、着信拒否してた!」と答えてくれた。

Microが「あれ、結構トラウマなんだぜ!」と笑い飛ばした後、話を続けてくれた。「でもわかる。俺はShenのこと、相当追いこんでたから。Shenを自分色に染めようとしてた。その中で、Shenのアイデンティディーが壊れていったんだ……」とMicro。

そして07年、周知のとおりDef Techは解散した。

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【着信拒否をしていたShenからMicroへ突然の電話

「着信拒否のShenから電話があったんだ。子供が誕生したからその子を抱きにきてくれ! って。ほかにもたくさん友達が来てるんだろうなって病院まで行ったら、俺しかいなくて、Microに最初にこの子を抱いてほしかったんだって言われた。ちっちゃすぎて抱き方わかんねぇよ、ってぐずぐずしてたらShenの奥さんが……」

続きをShenが引き取った。

「ShenとMicroでこの子の子守唄を作って! って僕の奥さんが言ったんだ」。

Microが続いた「そう。ShenとMicroで! って。Def Techとかどうだっていいじゃん! って。それでShenのほうを見たら、目がバッチリ合ってね。“行こう!”っていう顔してた」 

こうしてDef Techは再び動きだし、2010年に復活した。

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一度は壊れてしまった関係でしたが、新しい命の誕生が二人の関係を修復したようです。

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【現在の活動】

ライブにメディア出演に、大忙しのお2人。新しい命の誕生が再結成のキッカケだったんですね。これからも頑張ってほしいです!

◆「青いベンチ」でブレイクしたサスケ、解散後でも多くの人に愛されていると実感したキッカケとは?

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奥山裕次・北清水雄太

2000年結成、2009年4月に解散したが、2014年4月15日に再結成することを発表した

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高校時代の同級生で、ゆずに憧れていた2人は2000年にサスケを結成し、大宮駅前のストリートを中心に活動。2004年に「青いベンチ」がヒットしましたが、2009年に解散。その後、「青いベンチ」から10周年目の2014年に再結成しました。

【「青いベンチ」がカラオケやコピーで、今も愛されてるから…】

再結成した経緯を教えて下さい。

北清水:「青いベンチ」が、カラオケでもたくさんの方に歌ってもらえたり、たくさんの人がコピーしてくれているとか、今もたくさん愛してもらえていることを知って。自分たち自身でも、きちっと歌い継いでいかないといけないなと思ったんです。

奥山:再結成を切り出したのは、僕からです。考えてみたら10周年だから、この機会にお祭り的な感じで1回ライブをやらないかって。そういう話をしていく過程で、じゃあ本格的にもう一度やってみようって。

出典 http://www.oricon.co.jp

2011年にジャニーズのテゴマスによってカバーされたりと、今も多くの人たちから「青いベンチ」が愛されていることを実感したことで、再結成に踏み切ったようです。

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【現在の活動】

現在は、関東を中心にチャリティイベントなどでライブ活動を行っているようです。自分たちの曲が多くの人から愛されていると実感できるって本当に素敵なことですね。

普段何気なく聞いている曲を手掛けたアーティストには、私たちが想像できないくらいの物語や想いがあったんですね。形はどうであっても、ファンにとって、好きなアーティストの再結成は嬉しいもの。これからも応援したいです。

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山崎紅茶 このユーザーの他の記事を見る

テレビとお笑いとプロレスが好きです。昼間は会社で働いてますが、夜はひたすら撮り溜めしたバラエティー番組を観ている、ぐうたら主婦です。

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