記事提供:カラパイア

ツタンカーメンは古代エジプト第18王朝のファラオ(王)である。紀元前1323年、9歳の若さでファラオの座に就いたが19歳で死去した。

ツタンカーメンは思いがけない幸運のおかげで、世の中に広く知られるようになった。1000年の間、王家の谷の墓は、誰でも入れるようになってかなり盗掘されてしまったが、ツタンカーメンの墓は手つかずのまま残っていた。

彼の死後まもなく建てられた作業員の宿舎の下に隠されていたためだ。一緒に埋葬された宝の数々も、1922年にハワード・カーターが封印された墓に続く階段を見つけるまで、人の目にふれることはなかった。

ツタンカーメンは、絶大な力を誇ったファラオではなかったかもしれないが、エジプトの黄金期、新王朝の神格化された王として崇められていた。いくつもの部屋に分かれた彼の墓がそれを証明している。

そこには、死後も王の生活を永遠に豪奢なものにするための意味がこめられた数多くのものがあふれんばかりに納められていた。

カーターは8年かけてそれらを運び出し、中にあったものすべての目録を作った。今日、そのほんの一部がカイロのエジプト考古学博物館で展示されている。ここではそのうちの15品を見ていくことにしよう。

1. ツタンカーメンの黄金のマスク

美しいラインの丹精な顔立ちが施されたあまりに有名なマスク。少年王の理想化された顔を表している。ファラオ(女性にも)のマスクにはたいてい顎鬚がついている。

昨年8月、月1回の定期メンテナンスのために作業員が展示ケースを開けた際ツタンカーメンの顎ひげがとれてしまった。エポキシ樹脂の接着剤で急いで修復されたが、接着剤がはみ出したまま硬化。現在はそのままの状態で展示されている。

この問題は地元メディアの報道で表面化し、館長は「外れかかっていたため、補修する予定だった。接着剤の使用量に問題があった」と説明している。当時の作業責任者は既に異動しており、家族を通じて「報道機関にはコメントしたくない」と取材に答えた。

2. アヌビスの像

犬またはジャッカルの頭をもつ神アヌビスは、死者の魂をあの世に導くと言われている。ミイラづくりの神でもあり、墓を守ってくれると考えられている。

3. ヘッドレスト

形状記憶枕のある現代からすれば、使い心地の悪そうな枕だが、大気と風の神シューが頭を持ち上げてくれたら、案外心地いいかもしれない。

こうしたヘッドレストは、眠りの主のための根本的なアクセサリーとして、エジプトの墓の中に一緒に埋葬される人気備品だった。

4. カノープスの壺

雪花石膏の容器の中に、4人のツタンカーメンが顔を突き合わせて鎮座しているように見える。このカノープスの壺は、ツタンカーメンの遺体をミイラ化する前に取り除いた内臓を納めるもの。

エジプト人は、王が死後の世界で生きるのに内臓が必要だと考えた。王の頭が壺の蓋になっている。

5. ツタンカーメンの扇

エジプトの気候は暑い。神格化された王ならば、金箔がちりばめられ、王の名が刻まれたカルトゥーシュのついた極上の扇が必要だ。

6. セネト

ファラオもボードゲームが得意だったのではないだろうか?セネトは、1800年間エジプトで貴賤を問わず楽しまれていたすごろく人生ゲーム。正確なルールについては時代の流れと共に失われてしまったが、学識に基づいてさまざまな憶測がされてきた。

7. ヒョウの頭

アフリカ南部から輸入されたヒョウは、獰猛だが、その凛とした姿がエジプトの王室に愛された。ヒョウの頭に彫られたヒエログリフの意味は、力強さを表している。

8. ブーメラン

これらのブーメランは(写真はドイツで展示されているレプリカ)ツタンカーメンの墓から見つかった。死後、王が狩りに使うためとして納められた。

9. 創造の神プタハの像

端正な顔立ち、真実の王、正義のマスター、永遠の君主である、青い被り物をかぶったプタハは、創造の神であり、職人や建築家の庇護者。ツタンカーメンの墓を建てた人たちや墓に納められたすべてのものの守り神。

10. 太陽のスカラベのペンダント

スカラベほど古代エジプトと縁が深い生き物はいない。この甲虫はエジプト人の間で不動の人気があり、これをかたどったたくさんのものが残されている。

このペンダントは、太陽神ラーの形態のひとつで、空の神ホルスの翼をもった、スカラベの頭をしたケプリの姿で、日の出を表している。

11. 二輪戦車

ツタンカーメンの二輪戦車は、墓に納められる前に解体されていたが、カイロのエジプト考古学博物館に展示されるために再び組み立てられた(この写真はドイツで展示されているレプリカ)。

最近は、ツタンカーメンの死因は自分の二輪戦車から落ちたことが原因だとする研究者もいるが、事故か病気が死因というほうが妥当だ。

12. 子供のツタンカーメン

この子供時代のツタンカーメンの風貌は、美的にも遺伝子学的にも珍しいもの。ツタンカーメンの父親アケナトンは、多神教だったエジプトに腹をたて、アトン神一神教を強要しようとした。

また、王室を表わす芸術や、家系の遺伝子異常を記録するのに、自然主義手法を取り入れ、この写真のようにいびつな頭蓋の形をありのままに描いた。こうした異常は近親相姦を続けた結果で、ツタンカーメンの両親も兄と妹のきょうだいだった。

13. 装飾的な戦いの絵

昔の支配者たちは、自分の名を人々の記憶に残そうと、数多くの敵を殺した。たとえそれが、現実の世界の話でなくても少なくとも絵の中では。

この絵の中では、二輪戦車に乗ったツタンカーメンが、おそらくはシリア人の敵兵に向かってクロスボウで狙い定めている場面が描かれている。馬の下にある切断された首はあながち大げさな話ではないだろう。

ほかにも、ツタンカーメンが切断された敵の手を受け取っているむごたらしい場面が描かれた絵もある。

14. 香水ビン

ツタンカーメンの墓から見つかった、香り高い高価な軟膏が入った雪花石膏の容器には、内側にいまだに泥棒の指の跡が残っているという。

この写真のものは、お腹が膨れ、豊かな胸をした男女の中間である豊穣の神ハピが二段で表されている。この神は、ナイルの毎年の氾濫を支配し、この氾濫によって恵みをもたらした。

15. ツタンカーメン自身

ツタンカーメンのミイラや、彼のたくさんの有名な親戚の研究によって、最近、彼らの生活の詳細が明らかになってきた。

ツタンカーメンは、体が細く、足が内側に曲がっている内反足で、マラリアなど病気がちだったらしい。異母姉妹との間にふたりの娘ができたが、ふたりとも死産だったという。

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