───皆さんは街で車椅子の方を見かけたら、どう思いますか?

「かわいそうだな」
「大変そうだな」
「何かしてあげないといけないかな」

もしかしたら、ちょっと苦労が多いようなイメージがあるかもしれません。

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岸田ひろ実さん。車椅子歴7年(撮影当時)になる彼女は、昔から歩けなかったわけではなく、7年前のある日突然「大動脈解離」という病気に襲われ、10時間にも及ぶオペの末になんとか一命はとりとめましたが、胸から下の神経が麻痺してしまい、歩けなくなってしまいました。

その日から、私は日常普通にできていること、当たり前のこと、すべてを失ってしまいました。絶望と向き合う日々が始まってしまいました。

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励ましてくれる娘の声でさえ「全く心に届かなかった」

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写真に写っているように、長女と、そしてダウン症という知的障害がある長男。3人家族です。夫は10年前に病気で亡くなってしまいました。

私にとって頼れる存在であるのは、たった1人の長女でした。そんな長女は歩けなくなった私を毎日毎日励ましてくれました。

「ママ、大丈夫だから。何とかなるから、一緒に頑張ろう」一生懸命励ましてくれました。しかし、そんな励ましは私にとってまったく響かなかったです。心に届かなかったです。

それはどうしてかというと、今まで普通にできていたことがまったくできなくなったからです。

たとえば、寝返りをうつことも1人でできません。ベッドから起き上がることもできません。もちろん車椅子に乗り移ることも無理でした。お風呂も1人では無理。トイレも1人では無理。無理なことばっかりです。

そんな私に「大丈夫だよ」って言われても、何が大丈夫なのか。

毎日毎日ベッドで泣いていました。しかし娘がくると、娘にはこれ以上苦労をかけたくない、落ち込んでいる私の姿を見せたくないという私の意地があったので、いつもいつも笑ってやり過ごしていました。大丈夫、大丈夫、私は大丈夫だよ。そういうふうにやり過ごしていました。

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ご主人を亡くし、娘さんとダウン症の息子さんとの3人暮らしで、頼ることができるのは娘さんだけ。「大丈夫、一緒に頑張ろう」と言ってくれる我が子にすら甘えることもできず、娘さんの前では笑顔で、影で泣く毎日を送っていたそうです。

しばらくして、病院から外出許可が出た岸田さんは、娘さんの提案で、一緒に三宮に行くことになりました。

約半年ぶりに外出できるということにちょっとだけワクワクする気持ちもあったようですが、その気持ちは脆くも崩れ去ることに…。

車椅子だと道を通るだけでも「すみません」と謝ってばかり

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いつもなら、ここからそこに行くのに数10秒です。しかしそこには越えられない段差がありました。階段がありました。行けない…どうやって行けるんだろう?誰も教えてくれませんでした。

お手洗いに行きたいっていっても、普通のトイレには行けません。車椅子トイレどこにあるんだろう、探さないといけないです。いちいち何をするにも大変です。

そして混雑している道路を通るには、車椅子には幅があります。なので「すいません、ごめんなさい、通らせてください」謝ってばかりいました。

そうして、落ち込んだ気持ちを持ったままようやくたどり着いた夕食のお店。パスタを食べようということになって、パスタ屋さんに入りました。やっと入れるお店を見つけました。そしてそのお店、通路が狭かったです。「ごめんなさい、ごめんなさい」と言いながらやっと通らせてもらって、テーブルに着くことができました。

そのときです、私のどうしようもない落ち込んだ気持ち。「もう無理じゃん、車椅子でも大丈夫って言われたけど、結局車椅子でも外に出るとこんなにつらいことがいっぱいある。もう無理だ」その気持ちは限界になっていました。

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段差を越えられない、車椅子トイレも探さないといけない、ただ道を通りたいだけなのに「すみません、通らせてください」「ごめんなさい…ごめんなさい…」と謝ってばかり…。

そして、ついに限界に達した岸田さんの気持ちが、爆発してしまいます。

とうとう娘に言ってしまいました。

「もう、なんでママ生きてるんだろう。死んだほうがマシだった、死にたい」

そんなふうに言ってしまいました。私は娘の顔を見ることができませんでした。きっと泣いて「ママ死なないで、何でそんなこと言うの?」というと思っていたんですね。

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すると、娘さんの反応はとっても意外なものでした。

「死にたいなら死んでもいいよ」

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恐る恐る娘の顔を覗いてみました。「しまった、言ってしまった」と思いながらです。そうすると娘は……パスタをパクパク食べていました(笑)。そして私に言いました。

「うん、知ってるよ。きっとそう思ってると思ってた。だから死にたいなら死んでもいいよ」と言いました。

「きっと死んだほうが楽なくらい、ママが苦労してしんどいの知ってるから、死んでもいいよ。でも私にとってママはママだから。歩いてても歩いてなくてもママはママで、変わらず私を支えてくれてるから、私にとったら何にも変わらない。だから大丈夫。大丈夫大丈夫、2億%大丈夫だから」と言ってくれました。

言ってくれた私のほうがびっくりしてしまいました。「え?死んでもいい?そこは死なないでって言うところじゃないのかな?」と思ったんですが、死んでもいいという選択肢を与えてもらったら、私は一体何にこんなに落ち込んでるんだろうと思いました。

そして、2億%大丈夫というような、聞いたこともない大丈夫という確率に「じゃあ、娘を1回信じてみよう」と思いました。もう、歩けてても歩けてなくてもどうでもいいやと思いました。娘に本当の気持ちを話したということだけで、私はすごく気持ちが楽になりました。

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「死にたいなら死んでもいいよ」意外すぎる娘さんの言葉。でもそこに続く言葉の優しいこと…(涙)お母さんのことが大好きで、“支えていくよ”という気持ちが、こんなにもまっすぐに伝わる言葉「2億%大丈夫」。頼もしくてステキな娘さんですね。

「歩けてても歩けてなくても、生きてるだけで娘の役に立ってることがあるかもしれない。そうすれば私もこれからまた何かできるかもしれない。歩けないことばっかり悔やんでても、落ち込んでるばっかりでも何も楽しくない」

岸田さんはここからどんどん前向きになっていきます。

「障害」はマイナスばかりではない

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そしたら「歩けなくてもできること、車椅子の私しかできないこと何だ? 何かないかな?」そんなことを思い始めるようになりました。

そうすると不思議です。なんだか外に出たくなります。何かやってみようと思いました。そして何とかリハビリ生活を乗り越えて、私はある程度自分で動けるようになって、病院を退院することになりました。

そうしているうちにも、どんどん外に出るようになりました。たくさんの人と知り合うようになりました。街へ出ると、今まで気づかなかったことにたくさん気づくようになりました。どうしてここからそこに行くのに行けないんだろう、どうしてこの物を使いたいのに使えないんだろう。そうしたら「行けないところを行けるようにしたらいいんじゃないか?使えないものを使えるようにしたらいいんじゃないか?」そんなことをいつもいつも考えるようになりました。

そして私は今、障害のある私の立場から皆さんに「ユニバーサルマナー」っていう、実際に障害のある方がいらした場合、その向き合い方、接し方についてお教えするお仕事をしています。私の障害は私に仕事を与えてくれました。

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「障害=マイナス」「歩けない=不幸」と思っていた岸田さんの考えは一変し、今では、「ユニバーサルマナー」という障害のある方への接し方や向き合い方を健常者に教える仕事をしていらっしゃいます。

たとえば私が、食事をしにレストランに行ったとします。そうすると、お店の方は車椅子の私に気がついて、テーブルの椅子を1つ外して「こちらへどうぞ」と案内してくれます。

さて皆さん、これって正しいおもてなしでしょうか?実は、これは違うんですね。車椅子に乗っているからといって、車椅子のままお食事をする。それが正しい答えではないんです。

私もソファの種類によったり、その場所、椅子の種類によったりしては、車椅子から椅子に座りたいと思うこともあります。車椅子にずっと座っていると固いですし、リラックスできないので椅子に座りたいっていうこともあるんですね。

ですので、そういったときは何も聞かずに「車椅子だから椅子を抜こう」ではなくって、まず選択肢を与えてください。その選択肢を与えるために「どうしたらいいですか? 何かお手伝いしましょうか?」っていうふうに、お声がけをしてください。そして、本当にしてほしいこと、その方が何をしてほしいかっていうことを聞いてください。

これが正しいおもてなしなんですよ、素敵なおもてなしなんですよっていうようなことを、私は皆さんにお伝えしているお仕事をしています。

これって、実際私が車椅子に乗って初めてわかったことです。私が車椅子に座っている目線の高さは1メートルです。この1メートルの目線だから見えること、気づくこと、たくさんあります。これは私でしか気づかない、伝えられないことだと思っています。

ですので「障害、マイナス=不幸」ではありません。障害は私に価値を気づかせてくれます。私に夢を与えてくれます。そして仕事も与えてくれました。

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車椅子生活になってからわかったこと、障害によって気づくことができた「価値」。

「今ここにいる私は、実は今までの人生の中で一番幸せだと思っています。歩いていたときより、今のほうが楽しいです。幸せです。夢もたくさんあります。希望もたくさんあります、毎日ワクワクして生きています」

人生のどん底と思えた出来事から、「今が一番幸せ」と思えるようになった岸田さん。

「もうダメだって思うとき、近くにいる大切な人に気持ちを話してみてください」

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「きっと死んだほうが楽なくらい、ママが苦労してしんどいの知ってるから、死んでもいいよ。でも私にとってママはママだから。歩いてても歩いてなくてもママはママで、変わらず私を支えてくれてるから、私にとったら何にも変わらない。だから大丈夫。大丈夫大丈夫、2億%大丈夫だから」

岸田さんにとって、娘さんからのこの言葉は、何事にも代えがたい、人生を輝かせるきっかけになった大切な言葉ですね。

本当に辛くてどうしようもないとき、我慢しないで「伝える、話す」という大切さを教えてもらったような気がしました。

出典 YouTube

『TED』でのスピーチ動画はこちら。

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