最近、イギリスでも日本でも、「代理ミュンヒハウゼン症候群」という病気を耳にすることがある。これは「ミュンヒハウゼン症候群」の一種であり、周囲の関心や同情を引くために病気を装ったり自傷行為をしたりすることであるが、「代理ミュンヒハウゼン症候群」とは、その傷害の対象が自分ではなく代理で行われることからその名がつけられた。悲しいかな、傷害対象は我が子となる場合が多い。

世界一優しい母親の仮面

出典 http://www.telegraph.co.uk

2010年1月、イギリス、デボン州に住むリサ・ハイデン・ジョンソン35歳が児童虐待容疑で逮捕された。なんと彼女は逮捕前、チャールズ皇太子夫人であるカミラ夫人や、コーンウォール伯爵夫人、そして当時のトニー・ブレア首相らから「イギリス一思いやりのある母親」として表彰されていたのだ。

自我欲のために我が子を病人に

出典 http://apatiskabarn.se

リサ容疑者は、生まれたばかりの我が子トニーが未熟児であったため、保育器に入れられたトニーが医師や看護師らに労わられ、また、リサ容疑者自身も「我が子に付き添う健気な母親」と同情を引いたことが快感になった。

退院後、誰も見ていないところでは注目されないことで鬱状態になり、トニーの世話をするどころか「ミルクを吐いた」などと言って救急車を呼んだり、仮病を使ったりして再入院させた。病院での、皆の気を引いているというあの恍惚感が忘れられなかったのだ。

全てを検査しても何の異常も見られないトニーに医師は困惑したが、リサ容疑者の悲痛な訴えにより、トニーをとりあえず入院させて様子を見ることにした。「吐き続けてミルクが飲めない」というリサ容疑者の嘘を信じ、原因不明の病気と医師は疑い、なんと全くもって健常者のトニーに手術をし、栄養を与えるためにチューブを通してしまったのだ。

健全な我が子に300以上もの薬品を投与させ、車椅子での生活を余儀なくさせたリサ容疑者。トニーはもはや自分が病気であることを疑わなかった。リサ容疑者により洗脳されていたのだ。

父親がいる時は、ベッドでほぼ1日中寝たきりの生活。学校にも行けない、友達とも遊べない。外出時は酸素ボンベで車椅子。唯一、家の中でだけ父親がいない時に限り妹の前で走りまわることができたのだ。

やがて「重病でも必死で生きる子供」の噂はイギリス中に広まり、チャリティ精神の厚いイギリス国民がこぞってリサ容疑者とその家族に寄付した。子供が実は全くの健常者であるということを知っていたのは、家族の中でリサ容疑者だけだったのだ。

雑誌やテレビなどの取材の申し込みに、リサ容疑者は快く答え、車椅子に乗せた健康なトニーをメディアの前で見せつけ、悲劇の母親を堂々と演じ、国民の関心を引き、同情を買った。そうした注目を世間から浴びることでリサ容疑者は恍惚感を得て、自分が我が子に何をしているかということなど考えもしていなかった。

検査前には大量の糖分摂取

出典 http://missingmadeleine.forumotion.net

しかもリサ容疑者は、トニーが病院で検査する前日に限って大量にドーナツやチョコを食べさせ、検査時に血糖値が非常に高く、糖尿病の気があると医師に診断されると、またトニーを入院させたり不必要な薬の投与をしたりした。

やがて悪事は明らかに

出典 http://www.telegraph.co.uk

トニーの検査結果に疑問を抱いた一人の医師により、リサ容疑者のこれまでの嘘と我が子に対する許されざる虐待が明らかとなる。これまでイギリス中の善良な市民による募金で車を買ったり、生活費につぎ込んでいたリサ容疑者。

健常者である我が子の身体にメスを入れてまで世間の同情を引きたかった母親は、逮捕をきっかけに「イギリス一優しい母親」から「イギリス一残酷な母親」へと転落した。

リサ容疑者のしたことは紛れもなく我が子に対する虐待だ。しかし、この症状は「代理ミュンヒハウゼン症候群」という精神疾患によるものと判断され、刑期は3年と3カ月に留まった。

そして出所後も、トニーの親権を持つことは許されず、会うことも禁じられた。更に今後、子供と関わる全ての仕事を禁じられた。トニーは今は別の場所で暮らしているが、トニーだけでなく母親の許しがたい嘘を知った家族の傷も相当なものだろうと察する。

自己満足のために息子を重病人に仕立て上げただけでなく、息子の体にチューブを通し、数えきれないほどの投薬をし、イギリス全国民からの善意の寄付を騙し取った妻の悪事に全く気付かなかった夫の気持ちは、計り知れない。

子供をPTSD(心的外傷後ストレス障害)に陥らせてしまう

出典 http://www.theguardian.com

近年、世界中で増加傾向にある「代理ミュンヒハウゼン症候群」。代理となった者は、疾患を持った者に傷害を目的として行われていない場合でも、結果的にその行為が反復、継続し、重篤な傷害を負わされるケースもある。

代理ミュンヒハウゼン症候群は精神疾患だ。この病気を患う人のほとんどは、以前にミュンヒハウゼン症候群を患っていた人が多いという。しかし、明確な治療法は今はまだないとされる。この疾患を患っている母親が、子供を虐待するケースが多いにも関わらず、母親本人は自分がその病気であることに気付いてさえいないケースがほとんどだ。

子供にとって母親は唯一の味方であるべき存在なのに、その母親によって傷つけられた子供は、たとえ命が助かったとしても、成長して行く中で必ずといっていいほどPTSDに苦しむことになるだろう。

幼い子供の命を守るためにできることはなんだろうか。外部者から見た限りではわかりにくいのが難点だ。そして医師も、普通の虐待とは異なるため気付きにくい。せめて家族の誰かが、母親ともっと深くコミュニケーションを取るようにしなければいけないのだろう。

自分の子供の命を守るのは自分でなければならない。どんな時もどんな場合も、自分の病ゆえに大切な我が子を傷つけてしまうことは、決して許されることではないのだ。

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公式プラチナライター。イギリス在住22年目。いつも読んで下さる皆さんに感謝。Twitterアカウントは@mayonesque18です。よろしくお願いします。

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