学生から私たちの親世代も、誰もが知っている、小室哲哉氏。

90年代に手がけたTRFをきっかけに、一気にプロデューサーとしてブレイクし、日本の音楽プロデューサーの代表ともいえます。

華やかな芸能界を生き抜く中で、時代の変化と共に動く彼の音楽人生と、インタビューから垣間見える、彼が思う「本心」をご紹介します。

1958年11月27日東京都生まれ。音楽家、音楽プロデューサー、作詞家、作曲家、編曲家、キーボーディスト、シンセサイザープログラマー、ミキシングエンジニア、DJと幅広く活動。

83年、宇都宮隆、木根尚登と TMNETWORK(のちのTMN)を結成し、84年に「金曜日のライオン」でデビューして以来、同ユニットのリーダーとして、早くからその音楽的才能を開花。

93年のTRFを皮切りに、以後、篠原涼子、安室奈美恵、華原朋美、H Jungle With t、globeなど、自身が手がけたアーティストが次々にミリオンヒット。2010年、作曲家としての活動を再開。AAA、森進一、北乃きい、超新星、SMAP、浜崎あゆみなど幅広いアーティストに楽曲を提供している。

出典 http://avex.jp

彼にプロデュースしてもらった全てのアーティストは、スターダムの道のりが約束される! と、誰もが思うような勢いのヒット曲続きでした。

「ヒットは予想外」だった!?

出典 https://www.facebook.com

気楽にやっていたTMの活動と違って、楽曲提供する作曲の仕事はシビアというか。制約は多かったんですね。

でも、その頃、ダンスミュージックのためにロンドンに音楽留学をしまして。日本があまりにも世界の音楽シーンからかけ離れていると実感したんですよ。例えばUS、UKチャートで1位の曲でも日本だけほとんどの人が知らなかったりして、それはあまりにももったいないなと。

少しでもみんなにダンスミュージックっていうものを教えてあげたいと思って、いわゆるユーロビートを、やってみようと思ったんです。で、始めたのがTRFなんだけど、最初はダメだったらすぐ辞めるつもりだったんですよ。

出典 http://www.oricon.co.jp

「ヒットは予想外だった」と、言う小室氏ですが、その後も安室奈美恵さんなど、様々なアーティストが ”小室プロデュース” によって大ブレイクしていました。その時代の日本の音楽界を一世風靡していました!

そんな小室氏が音楽番組『水曜歌謡祭』(フジテレビ系)に出演し、90年代に思わず嫉妬した曲を明かしました。

小室哲也が思わず嫉妬した90年代の名曲とは

1. Mr.Children「Tomorrow never knows」

出典 YouTube

【古室氏】「まあ、ミスチルなんですけども。まあ、これは負けてもいいや!って感じで」

出典水曜歌謡祭

2. Every Little Thing「Time goes by」

出典 YouTube

なつかしい!!

【小室氏】「Every Little Thingは暑苦しくない感じで、globeじゃできないなぁっていう」

出典水曜歌謡祭

大人の見解です。

3. スピッツ「ロビンソン」

出典 YouTube

名曲ですよね。

【小室氏】「みんなもちょっと『また小室の4つ打ち?』みたいなときに、スピッツのこの曲がフッときたら、「あ、気持ちいいな」って思うだろうなぁって。僕も思いましたから」

出典水曜歌謡祭

どんな時も視点がアーティストです。

4. SMAP「夜空ノムコウ」

出典 http://www.gettyimages.co.jp

カラオケでは、今も広い世代に歌われています。

【小室氏】「SMAPは、ほどよい距離感の曲をいつもうまいところに置いてきてる」

出典水曜歌謡祭

なるほど!深いコメントです。

「ヒカルちゃんが僕を終わらせたって感じですね」

5. 宇多田ヒカル「Automatic」

出典 YouTube

この曲はとてもセンセーショナルでした!そして、同曲を作り、歌う当時の彼女は15才!

【小室氏】「すごい難しいグルーヴ感。ヒカルちゃんが僕を終わらせたって感じですね」

出典水曜歌謡祭

小室氏が「僕を終わらせたって感じですね」とコメントするほどの名曲で、この曲でデビューした宇多田ヒカルがこの時代の音楽シーンをリードしたといっても過言ではないでしょう。

当時の彼はまさに ”向かうところ敵なし” でした。そんな彼が、宇多田ヒカルの衝撃的デビューをきっかけに、一気に風向きが変わるのを目の当たりにした時の想いは、計り知れないほどの、大きな戸惑いの気持ちに押しつぶされそうだったのでしょう。

今、そして、これからの小室哲哉

――今後の活動は?
【小室】 TMに関してはここでひと区切り。ここから先はプロデューサー業をもっとやっていくつもりです。日本ってプロデューサーはたくさんいらっしゃるけど、一般の方からパッと名前が出るような人って少ないじゃないですか。海外ではそれがごく当たり前なのに。

――小室さんからですよね。“プロデューサー”という存在がクローズアップされたのは。
【小室】 あとは秋元康さんやつんく♂さんが、“初代”ですよね。でも、まだまだ広げていきたいと思うので、東京五輪ぐらいまでは活動していこうかなと。そのためにもここからまたがんばらないといけないですね。

出典 http://www.oricon.co.jp

たくさんのアーティストを世に送り出した、彼のプロデューサー活動は、日本の音楽界の歴史的偉業と言えるほど、目を見張るものでした。

頂点と挫折を経験した彼の考える活動計画は、また日本の音楽界の歴史や流れを変えるほど斬新な音楽が期待できそうですね。

音楽プロデューサーの小室哲哉が5月26日、自身のツイッターを更新

出典 http://www.gettyimages.co.jp

「日々間違いなくKEIKOは、100%自然体で、前向きにとにかく明るく過ごし、それが僕の救いになっていることは確かです」とし、

「たった今も、クリエイターとして存在させてもらってます」とKEIKOへの感謝をツイートした。

小室氏は先月、ツイッターで、今年8月に結成20週年を迎えるglobeの記念ソングを制作する意図を公表。 
 
「彼女にも無理せずトライしてもらいます」とKEIKO復帰の可能性も示唆していた。

出典 http://www.oricon.co.jp

90年代を代表する名曲にも思わず納得!

あれから又、時代も移り変わり…小室氏自身にもいろいろな壁がありつつも、実力と本来の人間性で支持され続けています。

あらゆる困難を乗り越えたからこそ、さらに人間としての深みも増したのではないでしょうか?KEIKOさんと共に支えあいながら、彼らしい力強さのある活動が楽しみです。

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