今、テレビで見ない日はないと言われるハーフタレント。そんな中、ハーフ芸人として人気を伸ばしているのが、お笑いコンビ“マテンロウ”の左側・アントニーです。

彼はその見た目とは裏腹に生粋の日本人っぷりを発揮していて、そのギャップでお茶の間を沸かせております。でも、日本人離れした見た目によって必ずしも順風満帆にはいかなかった過去もあったとか。

彼のエピソードと共にご紹介します。

現在は両親とも日本人?

父親がアフリカ系アメリカ人、母親が日本人。父親はプロボクサーだったが、アントニーが3歳の時に父親が死去、母はその後、日本人と再婚した。弟が1人いる。実家は寿司屋である。

出典 http://ja.wikipedia.org

数奇な運命の果てに、今のお父様に巡り合ったんですね。

そんなアントニーのすべらないエピソード

子どもの頃から、その見た目で外国人扱いされてきたのに、英語は全くしゃべれません。英検5級も受からないほどだとか。

出典 http://newstrend.jp

アントニーが英語をしゃべれない代表的なエピソードです。日本人でももう少し話せると思いますが・・・。

アントニーに箸を習うとろサーモン久保田

出典 YouTube

久保田「なんでお前に箸の使い方教えてもらわなあかんの?」だって寿司屋の息子ですもん。

和食料理屋さんでは、「生ものイケる?」と聞かれたのに対し、「実家寿司屋なんで、お前より食ってるわ!って思うんですけど」と言い放っていました。

「江戸前は、『こはだ』と『煮はまぐり』って決まってる」とも言っており、アントニーのお寿司愛が垣間見えてきます。なお、食事は何でも食べるらしいです。

他にも、「ハロウィンパーティの時期になると、やたらハロウィンに誘われる」や「女の子とデートで寿司屋に入った時、板前さんにお任せで頼んだらカリフォルニアロールが出てきた」など、話題は事欠きません。

出典 http://blogs.yahoo.co.jp

ハーフ芸人という肩書きより、寿司屋の息子の方が前面に出ている一節ですね。

小学校では学年でも一番ともいえる運動能力を持っていたアントニー。少年野球にスカウトされて4番打者のピッチャーに。彼がバッターとして出てくると監督が外野を下がらせた。河川敷だったため大きく下がったレフトが川に落ちてしまい、「レフト殺し」のあだ名が付いた。

出典 http://ethan-joumal.com

そんな彼は小学6年で肩を壊すまで「板橋の怪物」と呼ばれていたそうです。

そんな明るいアントニー、実の父親との別れは3歳の時

アントニーが3歳の頃、アントニーの実の父親は突然海外主張中に亡くなったのです。

アントニーの母親・堀田てる美さんは悲しみにくれる間も無く、アントニーと彼の弟2人を育てていくため、昼夜問わず働きました。

そんなてる美さんを見初めたのが、今のご主人。当時てる美さんが働いていた寿司屋の板前さんでした。彼はてる美さんに猛アタック!デートの約束をこじつけます。

今のお父さんとアントニーの出会いは水族館

お父さんとてる美さんは水族館でデートをする約束をしていました。もちろんお父さんはてる美さんと二人きりのつもりです。

ところが、てる美さんが連れていたのは2人のハーフの子。アントニーと弟のマイケルです。てる美さんは彼が子供たちにどう反応するか試したんですね。

するとご主人、アントニーと弟の手を取って水族館を周ったんだとか。この時をきっかけに水族館で出会った4人は晴れて家族となりました。

アントニーも知らなかった、家族の愛

寿司職人の息子となったアントニー。その後、父と母の間には子供が出来ませんでした。作ろうとしなかったのです。実は父の母(つまりアントニーの祖母)が父にこう言ったのです。

「連れ子のあの子達が悲しむかもしれないから、子供を作らない覚悟が必要かもしれない」。アントニー達は父母だけで無く、血の繋がりのない祖母にも愛されていたんですね。

また、母・てる美さんはアントニーがお風呂に入っている際、いじめを受けていないか身体のチェックをしたり、アントニーがいない時、学校のカバンをチェックして何か隠されていないかなどをチェックしていたのです。幸い身体の大きかったアントニー、学校でいじめられることはありませんでした。

いじめはなかったと語ったアントニーだが、中学生のころ周囲の目を気する時期があった。

ある日、泣きながら帰宅したアントニーを母親が心配して理由を問い詰めたところ、アントニーは「母さんには分かるわけないだろ!俺とマイケルにしか分からないんだよ」と反抗したのだとか。

アントニーは、外見が外国人で中身が日本人の自分の気持ちは母親はわからないとぶつけてしまったのだという。それに対して母親はアントニーを責めることもなく「分かった」と一言だけ答えたそうだ。

アントニーは20歳になり、このことを母に伝え「お母さんに”ごめんね”って言われてたら俺グレてたかもしれない」と打明けたという。

一方で、母親は今でも忘れられない言葉だったと語り、あの時アントニーを抱きしめていたら”ごめんね”って言ってたかも知れないと振り返る。

母親は最後まで毅然としてアントニーに向き合ってよかったと明かし「”ごめんね”って言ったら生んだ私も後悔していることですよね(そんなことは)ありえないでしょ。本当に生まれて幸せで幸せでしょうがない、生まれてきてくれて本当にありがとう」と語った。

出典 http://news.livedoor.com

彼の明るさ、優しさは家族の愛によるものかもしれません。

そんなアントニーの今後の動向に要注目です!

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