ジェームズ・ヒルさんと奥さんのフィリスさんは、今年66回目の結婚記念日を迎えました

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インディアナ州に住むジェームズ&フィリスさんご夫妻。
4人のお子さん、9人のお孫さん、6人のひ孫さん達に囲まれ、今年も揃って思い出の日を迎えることが出来ました。

その時のウエディングドレスを、フィリスさんは今も大切に保管しています。
このドレスにはお2人にとって単なる花嫁衣装というだけではない、特別な思いがこもっているのです。

第二次世界大戦中、徴兵されてジェームズさんは空軍に入りました

67年前に休暇で里帰りする時、恋人のフィリスさんに何かプレゼントを持って帰りたいとジェームズさんは思いました。

戦争中のことでしたし、ふと「パラシュートが欲しいかい?」と聞いたんです。彼女は「そうね」と言いました。

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当時のパラシュートは小さく折り畳んでもかさ張らないしなやかさと、落下速度を少しでも和らげるための織目の緻密さから、絹100%の生地が使われていました。

それで彼はパラシュートをくれました。それをどうするかは私が決めることになっていました。

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戦地にある恋人がいのちを託すパラシュート。
戦時中の物が無い時ということもありましたが、彼が無事に帰還したら結婚をする約束、その時にまとう花嫁衣装をその絹地でこしらえることが、とても大事なことだとフィリスさんには思えました。

無事に帰って来たジェームズさんとフィリスさんは結婚しました

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それきりパラシュートを見ることはなかったので、彼女がバージンロードを歩いて来た時には、ただもう綺麗だとしか思えませんでした。
でも彼女はそのパラシュートを自分でほどき、ウエディングドレスに仕立て直していたんです。

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2人にとって一生に一度の、世界にたった一つしかない、恋人が生還した証のウエディングドレスになったのです。

ジェームズさんによれば、現存するパラシュートドレスは2着だけ。もう1着はスミソニアン博物館にあるそうです

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こちらがスミソニアン所蔵のウエディングドレスです。
フィリスさんのドレスが絹100%なのに対し、こちらはナイロン100%で第二次大戦も終わりに近い頃のもの。
B29のパイロットだったヘンシンガー大佐が飛行中にエンジンからの出火で脱出する時に実際に使用したものだそうです。

クロード・ヘンシンガーさんとルースさん

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文字通り恋人のいのちを救ったパラシュートを渡されたルースさん、実は「このかさ張るものをどうしたらいいかしら」と考えてしまったそうです。

でも当時封切りされ大ヒットになった「風と共に去りぬ」のドレスからヒントを得てデザインを引き、身ごろとヴェールはプロに頼みましたが、スカート部分は自分で縫ったそうです。
このドレスの最大の魅力の見事なドレープは、パラシュートに縫い込まれている紐をそのまま使い、前を短く後ろを長く引くようにスタイリングされています。

ところでパラシュート製のドレスということでは、他にも残っているものがあるようです。

この記事を書くにあたって調べていくうちに、カップルと直接には関係ないものの、パラシュートのリサイクル品ということでは残され保存されているものが何着もあることが分かって来ました。

そのなかからいくつか、紹介させていただきます。

ジョセフ・ビロドゥーさんとマートルさんのドレス

出典 http://www.nationalww2museum.org

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ニューオーリンズの第二次大戦ミュージアムにあるこのドレスは当時マートルさんが働いていた裁縫店にあった絹100%のパラシュートが使われたそうで、ジョセフさんのものではありません。

マートルさんはフランス人で、住んでいた町が早い時期にドイツに占領され、4年後のノルマンディー作戦の時に救助されてアメリカへ渡って来ました。
仕事を得た裁縫店は基地のそばにあり、そこに勤務するジョセフさんが時々オーナーに軍のものを流していた、そのお礼として夕食に招待した時に「女性オーナーがGIを招いて2人だけではおかしいから」と同席させられたマートルさんとジョセフさんが意気投合し、結婚に至ったそうです。

エイドリアン・レイノルズさんとジョイスさんのドレス

出典 http://www.nationalww2museum.org

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こちらもニューオーリンズの第二次大戦ミュージアム所蔵のドレスです。
エイドリアンさんが海兵隊でユタの基地で訓練中、そしてジョイスさんがユタ州立大の学生だった時にパーティーで知り合いました。

エイドリアンさんはサイパンへ送られ、いわゆる「サイパンの戦い」の後片付けをしている時に、洞窟の中に日本軍のパラシュートが残されているのを見つけ、中から1つ持って帰ったそうです。

その後沖縄戦を経て本国へ戻ってすぐ、デトロイトで大学院生をしていたジョイスさんのもとへ向いプロポーズしました。

当時はまだ配給が主流で物が手に入らなかったため、絹の国である日本のパラシュートでウエディングドレスを作ることを思い立ったそうで、ジョイスさんのお母さんが総て手縫いで仕上げたそうです。

戦時中の日本の絹地だったなんて。
驚きました。

ケネス・コックスさんとローナさんのドレス

出典 http://articles.chicagotribune.com

ご主人のケネスさんは1988年に亡くなりましたが、ローナさんは90歳を超えて今もお元気です。戦時中は2人とも軍に所属していました。

基地が解散する時に、私がダンスが大好きで自分でドレスも縫うのを知っていた人が、両手いっぱいにパラシュートをくれたんです。当時のものは絹で出来ていたので、貴重でした。

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ケネスさんは戦時中、太平洋上で乗っていたB29が攻撃され墜落し、海上で一昼夜過ごしたことがあったそうです。
乗組員10名のうち3人がそこで亡くなりました。
ですから、たとえケネスさん自身が使ったものでなくても、戦時中のパラシュートでウエディングドレスを作ることは2人にとって大きな意味があったのだそうです。

私の義母はアメリカ人で戦争中はまだ幼かったものの、パラシュートをドレスにする話はよく聞いたそうです。
結婚式のあとドレスを残しておけたら良し、でも貴重な絹地ですから、またほどいて他のものにリサイクルされることも多かったそうです。

それで、実際にご本人とともに戦火をくぐり抜けて来たものとして現存するのは2着だけ、ということなのでしょう。

ジェームズさんとフィリスさんのドレスは、スミソニアンから寄贈を乞われることもあるそうです

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たった2着のこるうちの1着ですものね。
でも今のところはお2人とも手放すつもりはないそうです。

出来たら家族の誰かが受け継いで、結婚式で着てくれればという期待もあるのだとか。
いま流行りの形とは全然ちがいますから、果たしてどうなるでしょうか。
取りあえず、お2人ともお元気なうちは寄贈することは有り得ません。

TV局のインタビューを受けている間にも軽いキスを交わしたりする、66年たってもラブラブなお2人。
どうぞ末永くお幸せに。

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