記事提供:ALICEY

私はできるなら、いろんな男の子どもを産んでみたい。いろんな「男の子」を産みたい、ではない。生きているうちに、できるだけ多くの男性との間に子どもをもうけてみたい。

それも、できれば「すごくブサイクだけど頭は世界一いい男」とか、「顔は目が覚めるほど美しいけど頭が悪い」とか、「うんとうんと変わり者の男」とか、バリエーション豊富に受精し分けたい。

そんなに多くの男がお前を求めるわけがあるかといったご意見はあるだろうが、これはあくまでも一個人のありったけの欲望をそのまま述べるコラムなので許してほしい。

私の周りには、各分野ですばらしい業績を成し遂げている優秀な男たちが何人もいる。そういう男たちから、ちょっと子種をもらって、子どもをもうけるのだ。

そうして、育って来たところで、できるだけ「育て比べ」をしてみたい。この子はアメリカ、この子は山奥、この子は東南アジアの離島…と、いろんな環境に送り込む。理由は、その方がより個体差がハッキリ出て面白いから。

育つまで、育児は父親と半々で分担する。それは、なるたけ父方の影響も取り入れた方が、予測不可能な方向に進んでバリエーションが出そうだからだ。

シェアハウスで大勢の手を借りて子育てするのも面白そうだ。少しずつリスクと依存先と影響を分散させて、子どもを育ててみたい。

そうやって育てた子どもたちと、老後にどんな関係が築けるのか楽しみだし、いろいろな子どもを育てた結果、私自身がどうなるのかも楽しみである。

私には、千人の子孫を残すことを目標にしている男友達がいる。「結婚はしたくないが子どもだけほしい」という、十分な経済力を持った女性と子を作る「千人プロジェクト」を掲げているのだ。

彼は学生時代、「goo婚活」で「ヒモにさせてくれる女性を募集します」と書き込み、面談の結果、実際に5人の女性のヒモを日替わりでやりながら収入を稼ぐという実験生活をしていたほどの男であるから、夢ではないだろう。

彼いわく、「中国人がその豊富な親族ネットワークを活かして子どもを諸外国に送り込み、いざ中国に危機が迫ったとき、親族一同で子どもの所に逃げ込めるよう準備しておくというリスク分散戦略のマネだ」というが、

私の場合は単なる個人的な趣味である。自分の遺伝子といろんな男の遺伝子の掛け合わせに文化と教育のスパイスを混ぜ込んで、その結果どうなるのかを見てみたい。

ここまで書いて、私は読者の方々の中に、目を吊り上げて怒っている方がいらっしゃるのではないかと予想する。

しかし、子育てのことを自由に語って何が悪いというのか。「子どもをなんだと思っているんだ」とか、「母失格」とか言われそうだが、そんなの、個人の勝手である。

こういうことを書いていると、この小野美由紀という女はそうとう好きモノなんだなと勘違いする人が出て来そうだけど(別にかまやしないが)

いちおう断りを入れておくと、私は何も「複数の男性とセックスしたい」と言っているわけでは全然なく、複数の異性との間に子どもを作ってみたいと言っているのであって、そのためなら、シュッとやってピュッとやって、スポイトでチュッとやるんでも全然構わない。

だって面白そうなんだもの。

私の周りの子持ち女性は、とかく「育児って楽しいよ~」派が多い。

また伊藤比呂美さんの妊娠出産エッセイ『良いおっぱい、悪いおっぱい』などを読んでいると、新生児が膣から出て来た時の快感について、くらっとするほど扇情的に描かれており、思わず「出産ってそんな気持ちいいんだ!」とうっとりしてしまう。

ぜひ人生のうちに何べんも、どうせなら面白い方法で経験してみたい。現時点ではまったく現実的な案ではないので、ただ、赤子をズルンと股からひねり出す、その瞬間への欲望だけが、際限のなく顔を出すモグラ叩きゲームのようにぽこぽこと増殖してゆく。

そんなことを周囲の友人に話したら、8カ月の乳児を持つ男友達は「これぞ女の究極のホンネって感じだね」と感心し、

「だって俺、奥さんにママ友同士のLINEのやりとりの中で『生ゴミ』って呼ばれての見ちゃったんだもん。女は子ども産んだら、男なんて用なしだよな…」と肩を落とした。女友達には「あんたそんなことよく口に出して言えるわねぇ」と顔をしかめられた。

彼女は子どもを産みたくないそうなのだが、ふとした拍子に上司(男)にそのことを漏らしたら、まるで人間でないものを見るかのような顔をされ、それ以来冷たくされているのだという。

昨今のニュースでやたら取り沙汰されるとおり、産む・産め・産まない・産みたくないの問題は、社会的な事相と蔦のように深く相からまって一層フクザツになっている。

欲望もますます複雑化し、その欲望をアナウンスするのにもやたらと気を使う時代である。アナウンスした人が差別されたり嫌悪されたりということも日常茶飯事。

妊娠出産育児と言う、当人の超個人的な願望が反映されてしかるべきトピックに関してさえ「私はこう産みたい」とか「こう育てたい」とか、あるいは「産みたくない」とか、女性が欲望を口に出して言うには、いまだ罪悪感がつきまとう。

どんなイレギュラーな選択肢をとったって、フクザツ系の社会の一要素、それがたとえベルメゾン家族のCMのように美しい形じゃなくったって、まわり回って社会に貢献することだって、ひょっとしたらあるのじゃないかと思うのだけど。

こういう超プリミティブな、人間にとって己のカラダひとつガチンコでぶつかるような欲望が、環境要因やら経済要因やらでなかなかに叶いづらいこのご時世、せめて希望だけは素直にかつ朗らかに、口に出して言いたいと思うのである。

だって、それで誰が困ると言うの?別に、アメリカの女性向けドラマのヒロインのように、片眉あげてわめき散らすような、主張の仕方でなくていいからさ。

権利侵害申告はこちら

Spotlightのライターなら1記事最大3000円もらえる!日本最大級メディアでライターデビューのチャンス