みごと第50回上方漫才大賞の大賞を受賞

 

4月4日(土)、ラジオ大阪・関西テレビ主催の『第50回上方漫才大賞』の発表会が大阪・オリックス劇場で行われ、結成21年目のテンダラーがみごと大賞に選ばれました。テンダラーは一昨年の第48回大会で奨励賞を受賞しています。

出典 http://www.okinawatimes.co.jp

左から)白川悟実さん、浜本広晃さん

『上方漫才大賞』は上方の漫才を育てる目的で1966年(昭和41年)にラジオ大阪が設立した、漫才の賞としては最も歴史のある賞。第1回目の受賞者はかしまし娘。以後、中田ダイマル・ラケット、夢路いとし・こいし、横山やすし・西川きよし(3回受賞)、レッツゴー三匹、オール阪神・巨人(3回受賞)など漫才界の大師匠をはじめ、トミーズ、ハイヒール、中川家など、受賞者は錚々たる顔ぶれです。

なお、ダウンタウンは1989年に25歳のときに受賞。さすがというべきか、後のブレイクも納得の快挙でした。ここ最近は、ブラックマヨネーズ、千鳥、そして昨年は笑い飯とテンダラーの後輩である若手が軒並み受賞。

そんな後輩たちの姿を見てきたテンダラーが、記念となる第50回でみごと大賞に。受賞後の会見では、浜本さんが「大阪で漫才を極めよう! と決めてから、一番欲しかった賞。目指していたので本当にうれしいです」、白川さんも「(受賞まで)本当に長かった! 時間がかかったんですけど、うれしいのひと言です」と語っています。

1994年に“$10”としてデビュー

2人の出会いのきっかけは、漫才師の横山アラン・ドロンのドロンが経営するショーパブ「アランドロン」。難波店の主任だった浜本さんと梅田店の主任だった白川さんが顔を合わせるのは親睦を深めるボウリング大会程度。

しかしながら、浜本さんがお笑いを目指したときに、白川さんがNSC出身(8期生)であることを聞きつけ、コンビに誘い$10としてデビューしました。2009年に年齢層の高いお客様には読みづらいということでテンダラーに改名しています。

以後、途切れることなく「なんばグランド花月」など劇場に出ながら、ちょこちょこテレビに出演するものの、特に大きなブレイクもなく大阪でも誰もが知る存在とはならず、正直言うと中途半端な立ち位置に。

その間にも次から次へとデビューする後輩たちがブレイクし、東京に進出。それでも、解散することなく、漫才を大切にしながら活動を続ける2人でした。

2人にとっての大きな転機

2006年から何度か出演した『MBS新世才漫才アワード』では後輩たちに敗れ、いつも2位どまり。ついには先が見えなくなり、2人の仲もぎくしゃくしたものに。解散話も出たそうです。それを止めたのが先輩の土肥ポン太さん。

「あんなオモロイ漫才をするお前らが、なんで解散せなアカンねん!お前らはスゴイんやぞ!」その言葉に衝撃を受けて、もう1回頑張ろうとなんばグランド花月でイベントをやったら満杯に。

さらには、『THE MANZAI 2011』で予選7位の成績で決勝進出。 

2人は土肥ポン太さんを恩人だと語ります。さらには、「THE MANZAI」の1週間後にテレビ朝日の廊下ですれ違った北野武さんが立ち止まって発した言葉が「この前、ホントにおもしろかったよなぁ。あれ以来、ハマっちゃってさぁ。今度、オイラの番組で、もう一回、あのネタやってくんない?」
 
そして、TBS系の「北野演芸館~たけしが本気で選んだ芸人大集結SP~」に出演。そのときに、武さんからかけられた言葉が浜本さんの考えを変えます。

「北野演芸館…」の収録の時も、言葉をちょうだいしたんですよね。雑談の流れで、ポツリとおっしゃたんです。「アンチャン、あと、欲しいのは名声とかそういうもんだろ。そんなもんはな、ちゃんと漫才やってるんだから、別にいいじゃねぇか」

そもそも、この世界に入った時の核になる気持ちは「目の前の人を笑わせて、何とも言えない幸せな気持ちになって、それでお金がもらえる。こんな素敵なことがあるなんて」ということやったんです。それを改めて思い出しました。いつの間にか、いろいろなところに目移りをしてしまってたんやなと。

だから、その言葉をいただいてから、思考回路がガラッと変わりました。漫才をやって、認められて、テレビに出るという考え方ではなく、漫才がゴールになりました。テレビに出るのも漫才のため。

出典 http://thepage.jp

インタビューで、浜本さんは語ります。2014年11月には米国・ロサンゼルスで英語漫才に挑戦した2人。その様子をテレビで拝見しましたが、英語を使いながらきちんと漫才のノリとボケ・ツッコミを表現。会場からは大きな笑いが。

相当難しいことをきちんと成功させた2人に心から感動。後から聞いたところによると、英語を猛勉強し相当な練習を積まれそうです。帰国後は20周年記念の日本ツアーを実施。積極的に漫才に取り組まれている姿に尊敬の念を抱かずにはいられませんでした。

諦めてはいけない、ということを教えてくれた

劇場でお客様からもらった笑いがテレビのレギュラーにつながらない...先が見えなくなることがありながらも、こつこつと漫才を続け実力をつけてきたテンダラー。今回の大賞受賞の報に喜んだファンも多かったのでは。

遅咲きと言えど、まだ40代半ば。“リズム芸”と呼ばれる、歌とダンスで構成された芸がとりざたされる昨今、熟練のしゃべくりでどんどんと活躍していってほしいものです。

どんなことも途中で諦めてはならない、こつこつと続けてきた努力は裏切らない。そんなことを2人の姿から改めて教えられました。

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mappi41 このユーザーの他の記事を見る

ファッション、インテリア、美容、食などに関わる女性ライター・プランナーです。エンターテインメント関連の仕事にも携わっていました。洋楽ロックが好きでバンドでベースを弾くことも。

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