道端アンジェリカの

『週に1度は男と女に戻りたい。子どもは絶対、ベビーシッターに預ける。夫婦が男女でいることが一番大事。』

発言が賛否両論らしい。

これ、まだ親になって無い人が批判してるのは、道端アンジェリカにママを投影してるだけなんですよ。

『私はママにもっと構って欲しかった。』

という寂しさの八つ当たり。

『ママは子どもと一緒にいるべきよ!週一ベビーシッターなんてとんでもない!楽するな!』

っていう

【母は楽しんではいけない】

呪いの裏側には、

『私はママともっと一緒にいたかったのよ!』

っていう想いが乗ってます。

もしくは

『私のママは苦しんで頑張って私を育ててくれたんだから、あんたもやれよ。苦しめよ。』

という怒りの矛先ですね。

ママの神格化ですね。

日本人の美徳って言われる

【呪いの自己犠牲感】

で育ててる人が多いもんだから、こうなるわけです。

※呪いの自己犠牲を美談にするのは未だにテレビでやってますよね。髪の毛黄色のおっさんとかが出るような番組です。

あと、道端アンジェリカ批判する人で親になってる人の場合、自分を投影してるんですね。

『あたしゃ我慢して子育てしてんだから、あんたもやれよ。』

という単なる八つ当たりです。

変形として

『ほんとはあたしだってそうしたいんだよ!』

っていう嫉妬の矛先でもあります。

週に一回パパとママが男性女性に戻ってデートすることをこんだけ叩かれる国って、ほんと珍しいんじゃないでしょうか。

まあ上記の分析を踏まえたらネットで批判してる人の記事に対する見方も変わると思いますので、気が向いたら参考にしてみてください。

ちなみに、

【週一度のベビーシッター。夫婦が男女でいることが大事。】

に賛成してる人は、両親の仲が良くて安定した愛着をしっかりと育まれた人のケースが多いかと思われます。

赤ちゃんの頃にしっかりと愛着を育まれていたら、少しおっきくなってからパパママがデートに出かけたって、

『どうせ私は愛されてる』

っていう安定した気持ちで見送れるんですよね。

大人がほんとは寂しいのに口先だけで唱えてるのとはわけが違うぜ。

ちなみに、週一度ではなくて、子育ては全てベビーシッターに任せて自分は育児放棄するっていうのは、単なる愛情不足だと思われます。

自分自身に対して&子どもに対しての愛情不足ですね。

自分を大切にしていたら、子どものことも自然と可愛いと思えるし、自然と大切に出来るものですから。

今回の記事テーマの子育てについて、

『じゃあどうしたらいいの?』

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