記事提供:しらべぇ

これは、エイプリルフールの嘘ではない。むしろ、そうあってほしいと願うラーメンファンは、多いはずだ。

『東池袋大勝軒』の創業者で、「つけ麺」の生みの親でもある山岸一雄さんが、本日4月1日午後、亡くなった。80歳だった。

■山岸大勝軒、最後の日

それは、2007年3月のことだった。繁華街でもない、むしろ人通りが多いとも言いがたい東池袋の街に、見たことのないくらいの行列ができていた。

並んだ総数は、500人以上と言われている。行列の出どころは、『東池袋大勝軒』。

ラーメン好きなら知らない者はいない、マニアでなくてもテレビで顔を目にしたことのある人は多いだろう、あの山岸一雄さんの店である。

その日は、山岸さんの引退の日。かつて、ひとつの施設、飲食店に限らずひとつの店の閉店に、これほどの行列ができたことがあっただろうか…

■「神」とも呼ばれた伝説の職人

伝説の職人は、引退しそのまま生ける伝説となった。ラーメン界の「神」と呼ばれることも。

今では当たり前のようにある「つけ麺(大勝軒では「特製もりそば」)」というメニューを生みだし、育てた功績は、まさに「造物主」と言っていいものだろう。

山岸さんは、その後も、移転し再開した東池袋大勝軒を中心に、お弟子さんのお店を回ったり、メディアの取材を受けたり、と、後進および自身の子どもとも言える「つけ麺」を、さらに良いものにしていくための活動を続けていた。

そんな山岸さんの訃報が、突然流れた。

嘘だと思いたい反面、お疲れさまでした、という気持ちもある。山岸さんの遺した「つけ麺」の味を確かめることが、何よりの追悼になるのではないか。編集部は、『東池袋大勝軒』に向かった。

■かつおだしが香る甘めのつけだれがうれしい

一番ベーシックな「あつもり」を注文。店内は、山岸さんの訃報を聞きつけてか、聞社などからの電話が鳴り止まない状態だったが、職人さんたちに乱れはなく、程なくしてつけ麺が供される。

こんなところにも「お客様のために」と言い続けていた、山岸さんの思いが伝わっているのか…と感傷的になる。

■自家製麺も大勝軒系列のこだわり

麺を持ち上げ、つけだれにつけ、口に運ぶ。ああ、山岸さんの「大勝軒」の味だ。最近主流の、魚粉やダブルスープの濃厚つけ麺とは違う、魚介由来ではあるが、甘さとスッキリが同居した、優しい味わい。

「わり出汁」を頼まなくても、そのまま飲み干せそうだ。つるりとした食感の麺がそのつけタレを纏って、一体になり。これぞ山岸大勝軒。

チャーシュー、メンマ、そのすべてに手抜きはない。ひとつの「つけ麺」というメニューになるように昇華されている。

■山岸さんが教えてくれた「匠の生きざま」

なにかを新しくはじめること、それ自体は簡単なことなのかも知れない。大変なのは、続け・守り・伝えること。それを成し得た者だけが「匠」と呼ばれ、伝説となる価値を得る。

そんなことを、山岸さん、そしてその意思を継いだお弟子さんたちの一杯が教えてくれた様に思う。

そのご冥福をお祈りするとともに、我々もラーメンを食べるものとして、ラーメン文化を守っていきたい。作り手だけでなく食べ手にもその責任はあるのだから。


【東池袋 大勝軒 本店】
住所 東京都豊島区南池袋2-42-8
営業時間
<月~土>11:00~23:00
<日・祝>11:00~22:00(スープなくなり次第終了)

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