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“燃える闘魂”の異名を持ち、日本プロレス界の重鎮として、また政治家としても活躍しているアントニオ猪木さん。「闘魂注入」と呼ばれる強烈なビンタを放つことでも有名ですね。

そんな猪木さんの過去を紐解くと、一般的なイメージからは想像しがたい経歴を持っていたり、突き抜けた経験をしていることが分かりました。

そこで今回は、猪木さんに関する驚きの逸話をまとめてご紹介したいと思います。

1. ブラジルに住んでいた

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猪木さんは、13歳の時に家族と共にブラジルへ移住していたため、少年時代をブラジルで過ごしています。後にプロレスの師匠となる力道山さんとも、ブラジルで出会ったのです。もし移住していなかったら、猪木さんがプロレスの道に進むこともなかったのかもしれません。

2. 4か国語を使いこなす

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猪木さんは、外国語にも明るく通訳を介すことなく海外の人とコミュニケーションを取っています。

年末のある晩、あるアメリカ人と猪木さん、公太さんと会食することがありました。さて、我々はどうやってコミュニケーションを取ったのでしょうか?通訳がいた?帰国子女の公太さんが間に入った??

実は猪木さん、英語がマジでペラペラなんです。

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さらに、ブラジル移民だからポルトガル語もしゃべれるし、ムスリムなのでそっちの言葉も少しはしゃべるそうです。

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ここで発覚しているだけで、日本語を含めて4か国語の会話が出来るのです!

通訳を介してしまうと、どうしても細かいニュアンスなどが上手く伝わらないことがあるかもしれませんが、猪木さんの場合はダイレクトに自分の想いを伝えられるという部分において、外交では有利かもしれません。

3. 無人島を貰っていた

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世界的な人脈を持っている猪木さんは、プレゼントされる物もスケールが違いました。キューバの元国家元首であるカストロさんから、「猪木の島」と名付けられた無人島をプレゼントされていました。

私のキューバとのご縁は1990年にカストロ議長とお会いしてからです。議長がキューバの無人島に「友人・猪木の島」と命名してくださいました。

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いくら仲が良くても、島と贈られるということはなかなかありません。お二人の間には、とても強い友情が築かれているのでしょうね。また、2013年にはキューバ政府から友好勲章も贈られており、猪木さん自身も日本とキューバの交流が深まることを望んでいるという趣旨のコメントを、自身のFacebookでしています。

4. イスラム教へ改宗した

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猪木さんは、1991年にイスラム教シーア派に改宗しており、ムスリム名は「モハメッド・フセイン」と言います。日本では仏教を信仰する人が多い中、なぜイスラム教に改宗したのでしょうか。

きっかけは、猪木さんが湾岸戦争の時、事実上人質となった日本人を救出するためにイラクに訪れた時のこと。シーア派の本山カルバラのモスクで入信する儀式を行ったという。ちなみにこの時、人質の日本人は全員解放されている。

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自分がイスラム教に入信することで、人質が解放されれば…そう思っての行動だったようです。現在、猪木さんがイスラムの戒律を守っているかは不明ですが、改宗の裏には何としてでも人質を助けたいという猪木さんの思いがありました。

5. 日本にタバスコを広めた

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パスタやピザに欠かせない調味料、タバスコ。実は、このタバスコを日本に広めたのは猪木さんでした。

プロレスラーのアントニオ猪木が経営していたアントントレーディング社が1970年代に代理店契約を結び日本人にその味を定着させた。なお猪木は初代・タイガーマスク(佐山聡)とともにCM出演の経験がある。

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日本にタバスコが入ってきたのは昭和20年ごろとされていますが、最初は喫茶店やレストランに置かれており、食卓の調味料として大衆化したのは猪木さんの会社が代理店契約を結んだ後です。(現在は販売権を手放しています)

6. 倍賞美津子さんと結婚していた

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猪木さんの前妻は、倍賞美津子さんでした。各々プロレスラーと女優という職業上、接点も想像できず驚きを隠せません。また、二人の間には娘さんがいるのですが、娘さんの経歴も意外でした。

1986年(昭和61年)にアントニオ猪木と倍賞美津子の娘である猪木寛子がミュージカル『アニー』のアニー役で主演を務めている。現在、猪木寛子は新日本プロレス前社長のサイモン・ケリー猪木の妻である。

出典 http://ja.wikipedia.org

日本でも人気の高いミュージカル『アニー』で主役も務めていたようです。

離婚してしまった猪木さんと倍賞さんですが、新日本プロレス30周年のイベントにはサプライズゲストとして倍賞さんが登場しました。

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リングの上だけではなく、国内外問わず様々なエピソードを作っていた猪木さん。その類まれなる才能を生かし、今後も活躍して欲しいですね。

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