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福島第一原発事故発生時の情報隠しでに完全に崩壊した東電・政府と国民の信頼関係。事故のその後を追い続けるジャーナリストの木野龍逸さんは「信頼関係の再構築には情報開示が必要だが、その声は東電に届いていない」と指摘します。

なんのために情報を公開するのか

『木野龍逸の「ニッポン・リークス」』第28号より一部抜粋

──排水路の清掃作業を進めることに意識が集中してしまい、データを公表するということに頭が回っていなかった。

東電廃炉推進カンパニーの増田宏尚プレジデントは2月26日の会見で、雨のたびに高い濃度に汚染された雨水が海に流れ出ていたデータを、1年近くも公表しなかったことについてこのように釈明した。

前号で詳しくお伝えしたように、そもそもなんのためにデータを公表するのかという根本的な部分の認識に、東電と私たちの間に大きなギャップがあることを、改めて知ることになった。

事故後、東電も政府も数々の情報を公開せず、ついには住民に無用な被ばくをさせるという事態を招いた。この時に崩壊した信頼関係を再構築するためにも、隠し事をしない、あるいはしていないことを証明することは、至上命題になっていたはずだった。

隠し事をしてもすぐに忘れるだろうという、市民を小馬鹿にした考え方がない限り、情報公開はなによりも優先されるべきものだったはずだ。

ところが東電も政府も、その後も繰り返し、情報の非公開、あるいは隠蔽としか考えられない行為を続けてきた。その度に「隠す意図はなかった」という発言が出てくるが、事故の直後から、隠蔽の意図の有無はもちろんだが、情報が出ないことが問題だったのだ。

例えばSPEEDIのデータについて、誰かが「隠した」と認めたのだろうか。隠蔽の意図があろうがなかろうが、情報がなかったことで無用な被曝をした人がいる以上、同じことを繰り返さないためには情報を出すことの意味を考える必要があったのは明白だった。

これに対して東電は、データをそのまま出しても意味がない、整理して評価した上で出すことが必要だ、と言い続けている。この考え方は今でも変わらない。

しかしこのような理由をつけて情報公開を先延ばしにしたあげく、大きく信頼を失ったのが、2013年に起きた地下水の海洋流出問題だった。会見はもちろん、規制委からもデータの提供を求められたが、参議院選挙の翌日まで発表せず、強い批判を浴びた。

東電が海洋流出に関する重要なデータの公開を拒否していた頃、原子力規制委員会の島崎邦彦委員(当時)は、仮に公表後にデータが間違っていたことが分かっても、「次から次へと出していくことで、本当に何かあったときに、きちんと公表しているということがわかる」と述べ、情報公開の重要性を訴えた。

とにかく生データを公表すべきということだった。東電の評価、分析を加えないことで、あるいは時に間違った数字が出ることもあるだろうが、データ隠しが後から明らかになるよりはダメージは少なく、また信頼関係の構築にもつながるという指摘だ。

しかしこの言葉は、今でもデータを「整理してまとめてから出す」と言い続ける東電には、届いていないようだ。

結局、2月にはまたしても未公表データがあることが明らかになり、汚染水の増加抑制に重要な意味をもつ、原子炉建屋周辺の地下水くみ上げ用井戸(サブドレン)のくみ上げと浄化後の海洋放出の計画が、完全に暗礁に乗り上げた。

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