いじめの被害者と加害者の中間地点

大人は子どもが犯罪の被害者になることばかり心配している傾向があるのではないでしょうか。そうとは限りません。『ドラえもん』で言うところののび太やジャイアンよりももしかしたら多いかもしれないタイプかもしれないのが…

スネ夫タイプ!もちろん良いところもあるのですがジャイアンみたいないじめっ子のボスに逆らえない一番弱いタイプです。スネ夫の立場に引用され得る寓話があります。

カルネアデスの板。舞台は紀元前2世紀のギリシア。一隻の船が難破し、乗組員は全員海に投げ出された。一人の男が命からがら、壊れた船の板切れにすがりついた。するとそこへもう一人、同じ板につかまろうとする者が現れた。

しかし、二人がつかまれば板そのものが沈んでしまうと考えた男は、後から来た者を突き飛ばして水死させてしまった。その後、救助された男は殺人の罪で裁判にかけられたが、罪に問われなかった。

出典 http://ja.wikipedia.org

現代の日本の刑法でもこの突き飛ばした男は無罪とされることがあります。しかし本当にやむを得ない状況かどうかは裁判所が判断することです。

過剰な措置だとされることも多くあるのです。子どものいじめに関しても同様のことが言えますね。スネ夫に罪がないとは限らないのです。また次のような倫理問題もあります。

トロッコ問題

まず前提として、以下のようなトラブル (a) が発生したものとする。

(a) 線路を走っていたトロッコの制御が不能になった。このままでは前方で作業中だった5人が猛スピードのトロッコに避ける間もなく轢き殺されてしまう。

そしてA氏が以下の状況に置かれているものとする。

(1) この時たまたまA氏は線路の分岐器のすぐ側にいた。A氏がトロッコの進路を切り替えれば5人は確実に助かる。しかしその別路線でもB氏が1人で作業しており、5人の代わりにB氏がトロッコに轢かれて確実に死ぬ。A氏はトロッコを別路線に引き込むべきか?

なお、A氏は上述の手段以外では助けることができないものとする。また法的な責任は問われず、道徳的な見解だけが問題にされている。あなたは道徳的に見て「許される」か、「許されない」かで答えるものとする。

出典 http://ja.wikipedia.org

危険にさらされている5人を見捨てるか、安全だったはずの1人を犠牲にするかという問題です。非常に考えさせられる問題として学校の道徳の授業で習った方も多いでしょう。しかし先生から『正解』を聞いたことがある方はいないのではないでしょうか。

保身のために友達をいじめる子どもたち

このようなスネ夫タイプの子どもは自分の身を危険にさらさないために時には友達を裏切らなくてはならないことがあります。最近では川崎の殺人事件でも逮捕された3人の加害者少年の中に1人そのようなタイプの少年がいました。

川崎市川崎区の多摩川河川敷で中学1年生の上村(うえむら)遼太さん(13)が殺害された事件で、殺人容疑で逮捕された3人のうち、無職の少年(17)が神奈川県警の調べに対し、

「ごめんね、と謝りながら上村さんのほおを切った」と供述していることが捜査関係者への取材でわかった。この少年は上村さんと普段から仲が良かったが、リーダー格の無職の少年(18)に脅されてやむなく従ったという。

出典 http://www.huffingtonpost.jp

この無職の少年はその後のツイートでも泣きながら懺悔していたようです。被害者を傷つけなければ自分の命が本当に危ないという辛い立場だったそう。

結果彼は大切な友達の命を見捨ててしまい、加害者として実名まで報道されることになってしまいました。

大人が子どものサインを見逃さないために

自分の命か他人の命か、どちらを守るのが正しいかということは大人でも決められることではないかもしれません。

ならば子どもが選択を強いられる前に、大人が子どものSOSに気づけるようにすることだけがどちらの命も守る手立てなのではないでしょうか。厚生労働省はHPで子どものサインの例を紹介しています。

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