出典 http://ibok.jp

国民的ダンスボーカルユニット・EXILE。そのEXILEのリーダーであり、所属事務所の社長も兼任するHIROさんは、パフォーマーを2013年で引退し、現在ではプロデューサーとして活躍しています。

その漢気や優しさから、メンバーをはじめとする様々な人たちに慕われているHIROさん。今回は下積み時代から現在に至るまで、そんな彼の人柄が窺い知れるエピソードを紹介していきたいと思います。

高校卒業後の1989年にテレビ番組「DADA」のダンスコンテストでLMDに参加し準優勝する。そのコンテストを観ていたスカウトに声を掛けられ、1990年にLMD改めZOOとしてシングル「Careless Dance」でデビュー。

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なりふり構わず給料全てをクラブなどでの遊びに注ぎ込み、足りなくなれば借金をしてまでギャンブルなどに注ぎ込む放蕩三昧の生活を送っていた。

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EXILEのヒット曲としても有名なChoo Choo Trainのオリジナルは、HIROさんがかつて所属していたZOOの曲です。人気絶頂だった当時、HIROさんは浪費ばかりしていたようです…。

しかし、ZOOは1995年に解散。膨大な借金が残ったという。

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莫大な借金を抱えるも仕事はなく、看板だったZOOがなくなってしまったことは、相当な痛手だったはず。

その後、新しいグループを結成し再デビューするも、翌年には解散。ZOOに在籍時、デビューから2年で武道館ライブという快挙を成し遂げていたHIROさんは、心機一転もう一度武道館を目指そうと決心し、メンバー探しを始めます。

1998年、MATSU、USA、MAKIDAIらと出会った。仕事は全くなく、来る日も来る日も自主練の毎日だった。

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EXILEの前身であるJ Soul Brothersを結成。しかし仕事がもらえず、事務所に所属はしているものの食べることもままならない…そんな生活を送っていたそうです。

今の活躍からは考えられないこの下積み時代から、HIROさんの高い人徳は形成されていきました。

牛丼をメンバーと分け合う

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芸能事務所には所属していたものの先々のスケジュールは全くの白紙。

しかも事務所から貰える月給はたったの6万円。

牛丼屋で一つの皿を皆で分け合って食べたこともあった。

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今でも下積み時代を忘れないために、時折大手牛丼チェーン店で食事をするEXILEメンバー。お金がないにも関わらず皆でご飯を分かち合うという行動に、HIROさんの面倒見の良さを感じずにはいられません。

借金をしてでも年下にはご馳走する

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現在、事務所の副社長と専務を務めている兄弟の森雅貴氏と森博貴氏。HIROさんと共に事務所を立ち上げた方たちなのですが、テレビ出演時にこんなエピソードを話していました。

不遇時代にも森兄弟と250日近く飲みに行っていたそうだが、その時もクサることなく活動していたそうで、一時森兄弟が飲んだ後にお金を出そうとした時に、自分より年下に支払わせることは絶対しなかった。いくらお金を持っていなくても借金しても支払っていた。

出典 http://syougai-geneki.cocolog-nifty.com

さすがに、お金がなければ割り勘にするという人が多いと思います。借金をしてでも年下にはお金を出させないという心意気は、常人には真似できないのではないでしょうか。

オーディション落選者にチャンスを作る

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GLAY × EXILEとしてコラボレーションもしている、GLAYのリーダー・TAKUROさんはHIROさんとプライベートでも親交の深い人物です。そんなTAKUROさんは、リーダーとしてのHIROさんの優れた一面を語っていました。

あれほど人を大事にしている人は、オレの周りにはあまりいない。

一度オーディションに落ちたとしても、落ちたというだけでその人の才能が否定されるわけではないっていうのはHIROさんはよく言っていて、この席しかないからこの席に座れないひとは座れないよ、っていう考えじゃ無いですよね。

座れる席がないんだったら俺が創ってやるよ、っていう希有なリーダー。

出典 http://www.fujitv.co.jp

昨年行われたEXILEのダンサーオーディションにおいても、落選した浦川翔平さんが弟分ユニットであるTHE RAMPAGEのメンバーとして加入しているなど、輝く才能を生かす環境作りに余念がありません。

人の可能性を大事にしているHIROさんだからこその計らいと言えますね。

分からないことは素直に聞いたり、相談する

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司会者として活躍している小倉智昭さんとも、プライベートで仲良くしているそうです。芸能界の先輩から見たHIROさんは、どのように映っているのでしょうか。

彼の一番良いとこは、分からなければ人に相談したり、聞いたりする。それが良いと思ったら取り上げる。

人のたてかたを知っているし、僕なんか何の役にも立たないのに『小倉さん 小倉さん』って大事にしてくれますしね。そういうところがみんなの信頼を得ている部分じゃないんですかね。

出典 http://www.fujitv.co.jp

分からないことは素直に聞き、良いものを取り入れていく。常に進化を続けるためには、こういった謙虚な姿勢が必要なのかもしれません。

時には厳しく叱る

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同じEXILEのメンバーであるAKIRAさんは、「笑っていいとも!」に出演した際に、HIROさんに救われたエピソードを次のように語っていました。

AKIRAはまだ加入はしていないものの、すでにEXILEメンバーのグループで活動しており、ミュージカルにも出演していた。トラブルによって心身ともに辛かった彼は、「2か月ほど休ませて欲しい」とリーダーのHIROに伝えたのだ。

出典 http://woman.mynavi.jp

するとHIROは、「自分がおかしたトラブルで休むなんてあり得ない。有名とか無名だとか関係なく、プロとしてやっているならば風邪をひいてでも、這ってでもステージや現場に立たないといけない」と強く言い聞かせたのである。

出典 http://woman.mynavi.jp

このトラブルの原因というのは、詳細を明かすことはできないけれど、かなり悪いことだったそうです。

当時AKIRAさんは、まだ正式にEXILEに加入はしていなかったものの、MAKIDAIさんとUSAさんも所属するRATHER UNIQUEというグループで活動していました。

仕事に対しての姿勢を厳しく説いたHIROさんの言葉は、その後のAKIRAさんの意識を変えていくことになったそうです。

地方出身のメンバーを孤独にさせない

出典 https://dailymusic.auone.jp

EXILEのボーカルだった清木場俊介さんは、2006年にEXILEを脱退しています。そんな清木場さんが、脱退した今でも忘れられないHIROさんとの思い出を語っていました。

上京してから3、4か月、毎晩、HIROさんが食事をご馳走してくれた。東京に誰も知り合いがいない僕をひとりにしないように。溶け込めない僕を見守るように。

そういうひとだった。

出典 http://www.tfm.co.jp

初期のメンバーは、皆関東出身で地方出身は清木場さんだけでした。デビューまで故郷の山口県にいたため、東京には誰も知り合いがいない状態だったのです。そんな清木場さんを一人にしないよう、そっと見守っていたのがHIROさんでした。

EXILE脱退の意志を告げるとHIROさんは、「わかった」とひとこと。

「なんとなくそんな気はしてたよ」。

言いたいことはいっぱいあっただろう。でもHIROさんは、すべてを察し、飲み込んでくれた。

僕は、今もメンバーが大好きで、EXILEが大好きだ。そう思えるのはきっと、HIROさんがいつも、スタッフも含めてメンバー全員を家族のように考えてくれていたから。

HIROさんの言葉には1ミリも嘘がなかった。

出典 http://www.tfm.co.jp

当時EXILEは人気上昇の過渡期にありました。グループの大切な時期に脱退という結論を出しても、背中を押してくれたことに清木場さんは今でも感謝しているのです。

誰に対しても敬語

出典 http://lovedreamhappiness-fans.info

HIROさんは、年齢や性別を問わずどんな人に対しても礼儀正しく、敬語で話しているそうです。

HIROさんって出会った時から、メール頂いた時に敬語なんですよ、僕に対しても。それがものすごい衝撃で、そういう部分でカッコいい。

出典 http://www.fujitv.co.jp

同じくEXILEのメンバーである小林直己(NAOKI)さんは、年下に対しても敬語を使うHIROさんのことをカッコいいと言っています。相手が自分よりも若かったり、慣れてくると敬語を使わなくなる人もいますが、HIROさんは一貫しています。

誰に対しても態度を変えるってことはないんじゃないですかね。僕に話す時も…たぶん今思い出すと敬語なんじゃないですかね。どんなに酔っ払っても、たぶん敬語のままだった…。

出典 http://www.fujitv.co.jp

GLAYのTAKUROさんも、ずっと敬語だったと証言しています。芸歴で考えると、HIROさんの方がTAKUROさんよりも長いのですが…。

誰に対しても態度を変えない、という点も好感が持てます。

解雇されたDreamを救う

出典 http://www.dream-ldh.jp

E-girlsとしても活躍しているDreamのメンバーは、一度エイベックスから解雇されていました。今の活躍の裏には、HIROさんの働きかけがあったのです。

2000年にデビューしたdreamはオリジナルメンバーが全員脱退しており、現在のメンバーは追加メンバーとして加入したという経緯があります。

女性芸能人の間でフットサルが流行していた時、大会で優勝した彼女たちは不本意ながら音楽よりもフットサルが中心の生活になってしまい、エイベックスから解雇されてしまいました…。

解雇されても、どこかの事務所にスカウトされたら…と自費で機材を買い、路上ライブをしていたある日、HIROさんの耳にdream解雇の知らせが入ったのです。

松浦社長はHIROに電話をしてHIROのところで面倒見てくれないかと頼んでくれたそうです。

HIROはdreamの面倒を見ることにして、デビュー7年目の2008年7月にLDHに移籍したのです。

出典 http://garuchan.com

dreamのマネージャーが松浦社長に直訴したこともあるのですが、HIROさんが自身の事務所にdreamを引き取らなければ、彼女たちの今日の活躍はなかったのです。

その後、グループ名も当初の「dream」から大文字の「Dream」に改名し心機一転、女性パフォーマンス集団として再始動することが出来ました。

まさにHIROさんはDreamにとって恩人とも言える存在ではないでしょうか。

様々なエピソードがありましたが、どれもHIROさんのあたたかい人柄が伝わってくるものばかりでした。パフォーマーとしては引退してしまいましたが、今後も素晴らしいプロデューサーとしてエンターテイメント業界を盛り上げていって欲しいですね。

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