挑戦を続けた南極探検

出典 http://ja.wikipedia.org

アーネストシャクルトンをご存知ですか?アーネストシャクルトンは南極に挑み続けた探検家であり「優れたリーダーシップを発揮した1人」として名前が挙がることが多い人物です。

アイルランド生まれの探検家である。1914年、南極を目指す航海の途上で氷塊に阻まれ座礁、約1年8か月に渉る漂流の末、生還したことで知られる。

出典 http://ja.wikipedia.org

シャクルトンは1902年から南極探検隊に参加し、1922年心臓発作でなくなるまで南極に挑戦し続けます。

アーネストシャクルトンが南極探検の同士を集めるために出した募集広告とは

過酷な南極探検。仲間がいないと先へは進めません。
その為に、26歳のアーネストシャクルトンが新聞に掲載したと言われる言葉があります。

「求む男子。至難の旅。
僅かな報酬。極寒。暗黒の長い日々。耐えざる危険。生還の保証なし。
成功の暁には名誉と称賛を得る。」

ブラック企業もびっくりな求人広告

何かとニュースを騒がせるブラック企業もびっくりしそうなこの求人広告。現代ではあまり集まらないようなこの広告に5000人以上の人が集まったと言われています。

今も昔も求めるのは「やりがい」か?

若者が、自分の人生をより良いものにしたいと考え、価値ある経験を求めてチャレンジしていく姿は今も昔も変わらないのかもしれません。
「お金ではない何か」を求めて。

シャクルトン率いる大英帝国南極横断隊はエンデュアランス号で南極大陸に向かった。しかし一行は途中で遭難し、南極の海で氷の塊の中に閉じ込められてしまう。そのまま約10ヶ月間漂流した後、ついに船が沈没。南極大陸横断の計画はここで完全に頓挫してしまう。

出典 http://management-frontier.livedoor.biz

遭難したシャクルトンは、救助を求めに1000km以上の移動を始めます。
途中、体力のなくなってしまった人をその場に残し、動ける仲間と自分の2本の足。そして救命ボートでひたすら進み続けます。

イギリスを出発してから約1年8か月。隊員全員と生還

救助を求めた後、シャクルトンは残してきた隊員を全員迎えに向かいます。
死者を一人も出すことなく、無事に全員の生還が叶いました。

今よりずっと不便な時代。誰かが死ぬのが当たり前だった南極探検で遭難した現実。
そんな状況の中で、誰一人も死者を出さずに無事生還したことが
リーダーシップを語る上で「優れた人物」としてシャクルトンの名前が挙がる理由です。

「生還の保証なし」

新聞広告には「生還の保証なしと書いたシャクルトン。でも、遭難という目にあっても
ついてきた隊員を誰も見捨てることなく生還を保証したシャクルトン。
真のリーダーシップとはどういうものか感じていたのかもしれません。

広告はあったのか?なかったのか?

実はシャクルトンの求人広告は「あった」とされる説と「ない」という説、様々な説があります。あったとしてもなかったとしても、報酬の多い少ないの判断ではなく、
何かに心を動かされ、報酬以外の何かを求めてチャレンジをした若者たちがいたことは
まぎれもない事実です。

お金では買えない何かを求めて探す心。シャクルトンとその仲間達の気持ちを代弁しているかのようなこの求人広告。
一度読むと忘れられない文章です。

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