ドラマ「流星ワゴン」の忠さん役でお馴染みの香川照之さん。「半沢直樹」の大和田常務や「龍馬伝」の岩崎弥太郎、映画では「鍵泥棒のメソッド」「ゴールデンスライパー」「MOZU」など、どんな役柄も迫真の演技だと絶賛の声が上がるほど。

その香川照之さんが先日のTBSラジオ「たまむすび」に出演し、俳優になる前のAD時代の裏話を語っていました。意外と知られていない香川さんのAD時代とは?・・・

ここで香川照之さんのプロフを簡単にご説明すると

【本名】香川 照之
【別名】九代目市川中車
【生年月日】1965年12月7日
【出身地】東京都
【職業】俳優・歌舞伎役者
【血液型】AB型

芸能界のサラブレッドと呼ばれる

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父・市川猿翁

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母・浜木綿子

香川照之さんの父は歌舞伎界の異端児と呼ばれた市川猿翁さんで、母は昭和の人気女優・浜木綿子さんの間に生まれた生粋のサラブレッド。父、市川猿翁は、香川さんが1歳の時、日本舞踏家・女優の藤間紫さんの元へ行ったことで当時話題になりました。

浜木綿子さんは、女手一つで父親より立派な男に育て上げることを母の想いとし、息子の香川さんを中高一貫の名門校「暁星学園」に入学させました。子どもの頃から頭脳明晰で入学してからの成績も常にトップ。

香川さんの父の出身大学は慶応大学でしたが、父親より良い大学を目指す母の方針で、香川さんは現役で見事、東京大学に合格しました。

ボクシング通でも有名

俳優として名前が売れる以前から、『ボクシング・マガジン』(ベースボール・マガジン社)で連載「香川照之の熱病的思考法」を執筆。実写版「あしたのジョー」で丹下段平を演じた香川照之のボクシングエッセイ「慢性拳闘症」まで出しています。

2011年公開の実写映画『あしたのジョー』に丹下段平役で出演が決まった際に「私生活でボクシングを30年間見守り続けてきたのは、この役のため」と語っていました。

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香川さんのご家族は

交際が長かったタンゴ歌手の冴木杏奈さんと婚約解消。その後、元日本航空国際線CAの智子さんと1995年12月に結婚しています。

2004年に長男の政明さんが誕生。2012年に親子揃って歌舞伎デヴューをしたことで当時話題になりました。

本題。ラジオ「たまむすび」で意外な過去の話で盛り上がった

『流星ワゴン』の枠の日曜劇場で。当時は石井ふく子先生がプロデューサーで、鴨下信一ディレクターという。あと、井下さんとか、もうそうそうたるメンバーの中で。この世界入ったことなかったんで、ちょっと母親にたのんだら、石井ふく子先生にたのんで『ADをやってみたらどうか?』と。

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12時間立ちっぱなし。ADは大変なんだな

まずは現場を知らないんで。全く。で、どうやってテレビを撮っているか?もわからなかったの。で、なんだかわからないけど放り込まれるわけですよね。で、当時はリハーサルがあるわけですね。かならず、月曜日?なんかリハーサルなんですよ。かならず。

ホン読みもあって、立ちのリハーサルが緑山の1階か、TBSの赤坂のどっかであったんですよ。で、まあ12時間ぐらいずっと立ちっぱなしなんで。そっからまず、こう、大変な世界だなと。ADは。大変だなと。

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ピン子さんから厳しい攻撃をくらった

香川照之:で、もう合間に泉ピン子さんの厳しい攻撃があるわけですよ。(モノマネで)『何待ちなんだよ、オイッ!?』とか言われて。『すいません、ピン子さん。申し訳ございません。いま、ちょっとですね、いろいろなものがありまして・・・』『あたしはもう待てねえんだよ!』みたいな。

玉袋筋太郎:そん時にあれですか?やっぱこう、浜さん(浜木綿子)の、要するに息子だから・・・っていうようなことは、なかったんですか?隠していた?

香川照之:それをまあ、別に言わなくてもあれですけど。おいおい、そういうのが露呈していくわけですけども。そうするとまあ、みなさん態度がお変わりになるという(笑)芸能界の縮図をここで見るわけですよ。

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技術さんとの打ち合わせで、まあ台本の上に線が引いてあって。カット割りがしてあって。もう『MS』とか『LS』とか、なんかいろいろなことが書いてあるわけですよ。で、それよくわかんないのがいろいろあって。

これがだから『ドリーでやっておいて、ルーズショットでやっておいて、それをポン寄りしといてから、長玉のルーズ、ちょっと引き目の長玉で・・・』とかもう、わけわかんないの。この人たちは何を言ってるんだろう?って話になって。ずっとわかんないまま、こう立っているわけですよ。

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ADの下っ端時代。後輩の新人は後の行定勲監督だった!

当時は、僕、4人いたADの中の5番手だったんですよ。いちばん下だったんですけど。でも、4番手の男の子が実家に不幸が・・・とかで途中で辞められたりとかですね。厳しい世界ですから。

でも、その5番目でやっていると、2週間ぐらいたって、6番目に後々の行定勲監督が入ってきたという、すごい話で。知らなかったんですけど。・・・で、僕はその時2週間ぐらい先輩だったので。夏休み熊本から上京してきた田舎もんの行定勲がまだ19才ですよ。で、僕は22で大学4年生で。たった2週間とはいえど、先輩面をふかしたらしいんですね。

『行定くん!これね、ピン子さんはね、肉の弁当だから!ピン子さんに魚持っていっちゃダメだよ!』みたいな。

・・・そんなことをずーっとずーっと言っていたら、10年後ぐらいに・・・15年後か。行定さんの映画に出た時に、『香川さん、覚えてますか?』って言われて。『えっ、なんのことですか?』『実は、こうこうこうで・・・』って。全く覚えてなくて。彼が行定さんだってことを覚えてないわけですよ。

で、その後に彼は『GO』で映画賞を総ナメにしたっていうのを経て来たわけですから。したらもう、僕のことをテスト100回くらいやりましたよ。

『あっ、香川さん。なんか違いますね。芝居が』って言われて。行定さんからものすごい時間を書けた復讐が!・・・だから人生いろいろですね。僕の中でのAD物語というのが・・・ADブギと呼ばれています。僕の中で(笑)

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ADほど辛い仕事はない。俳優の方が楽だと思った

小林悠:そういう裏方の経験があるからこそ、俳優の今の仕事に活かされている部分もあるんじゃないですか?

香川照之:いや、でもね、その時に、ADほど辛い仕事はないなと思いましたから。俳優の方がたぶん楽だろうと思ったんですね。まあ、後々どの仕事も楽ではないってことがわかるんですけど。その時はやっぱりADがすごい大変だったなと思って。いろんなことを見させていただきましたよ。

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業界用語炸裂!『ベーカーにベーヒーを』ね

チーフが当時、荒井光明さん。今はプロデューサーになり、偉くなられましたけど。光明さんなんか見ると、いまも最敬礼・・・ピシッともう、気をつけ!ですよ。僕はもう。僕は光明さんから初めて業界用語の逆さにするっていうのをね、聞かせていただいて。

あの、『四谷怪談』っていうドラマをその時、役所広司さんでやられて。坂口良子さんがヒロイン。その時に、『壁に蛇をはわす』っていうのを荒井光明さんが『じゃあこのベーカーにビーへーをはわしまして・・・』って普通にシレーっと言って。

これが業界用語だ!と。22才の僕は初めて聞いて。隣にいる行定くんに『行定くん!あれが業界用語だからね!』って。・・・どっぷりその後、業界に浸かる二人ですね、そんなことを荒井光明さんから教わっていたと。

真面目に。荒井光明さんは真面目に。真面目にそういう話をしてました。
『ベーカーニビーヘーを』ね(笑)。『グーニングモーヒーコ』だからね(笑)

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こんな風に、香川さんのAD時代の話は楽しく語られました。

香川さんのAD時代の話は意外と知られていないようです。芸能界のサラブレッドと呼ばれ、女手一つで育てられ、東大へ現役合格するほど頭脳明晰。波乱万丈な人生を歩み、AD時代の苦節も味わいながら、どんな役でもこなせる「神芸」と呼ばれる俳優へと成長された香川さん。

まだまだ隠された一面があるのではないでしょうか?これから益々のご活躍が楽しみですね☆


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