この手紙は80歳の柳原タケさんが、天国のご主人に綴ったラブレター。もう20年前の作品ですが、今もなお色あせずに私たちの心にキュンと切なく、何度読んでも涙が零れます。50年前に戦死したご主人とのエピソードを、娘さんである画家・エッセイストの佐藤緋呂子さんのブログから抜粋してご紹介させていただきます。

天国のあなたへ

娘を背に日の丸の小旗を振ってあなたを見送ってからもう半世紀がすぎてしまいました。たくましいあなたの腕に抱かれたのはほんのつかの間でした。三十二歳で英霊となって天国に行ってしまったあなたは今どうしていますか。

私も宇宙船に乗ってあなたのおそばに行きたい。あなたは三十二歳の青年、私は傘寿を迎えている年です。おそばに行った時おまえはどこの人だなんて言わないでね。よく来たと言ってあの頃のように寄り添って座らせてくださいね。

お逢いしたら娘夫婦のこと孫のことまたすぎし日のあれこれを話し思いきり甘えてみたい。あなたは優しくそうかそうかとうなずきながら慰め、よくがんばったとほめてくださいね。そしてそちらの「きみまち坂」につれていってもらいたい。

春のあでやかな桜花、夏なまめかしい新緑、秋ようえんなもみじ、冬清らかな雪模様など、四季のうつろいの中を二人手をつないで歩いてみたい。私はお別れしてからずっとあなたを思いつづけ愛情を支えにして生きてまいりました。

もう一度あなたの腕に抱かれてねむりたいものです。力いっぱい抱き締めて絶対はなさないで下さいね。

柳原タケ

出典 http://akiko-tokyo-doso.main.jp

感涙した人が続発

恋文に書かれている「きみまち坂」とは

出典 http://ookuni.info

秋田・二ツ井町に「きみまち坂自然公園」が実在します。名物の「恋文ポスト」は、このポストから手紙を出すと、恋の願いがよく叶うんだそうですよ。

ちなみに、ここ「きみまち坂公園」は明治14年に明治天皇が御巡行された際に、皇后様からの手紙を持っていた場所なんだとか。タケさんは、このポストから何度も恋文を投函しようとしたのでしょうか・・・。

夫との別れは突然やってきた

タケさんの夫・淳之助氏は、娘の緋呂子さんが生まれた直後、100日目に招集命令が届き出征。3年後に27歳の母と娘を残して戦死しました。享年32歳。お父さんが戦死する2ヶ月前、中国から一時帰国を許され、たった一日だけ秋田に帰ってきました。

緋呂子さんが物心ついて初めてお父さんと過ごしたたった一日の出来事を今も忘れないと言います。

眼鏡をかけ、髭を生やしたその人は少し恥ずかしそうに『おいで・・・』と両手を差し伸べた。わたしは固くなって『抱っこ』された。翌朝、雪の中をカメラを構えて叔父(洋画家・柳原久之助)が待っていた。

着物姿の父が両手を差し伸べたのに、わたしは母にしがみついたまま、その写真の中におさまってしまった。父は差し出した手を袖の中に組み、わたしは気にしながらも母の腕の中にいて、そして一枚の親子の写真が残された。

それからずっとわたしは『悪いことをした』という思いに胸を痛め、5歳になるまでそのことを悔やみ続けていたのだった。

出典 http://www.geocities.jp

初めて父と顔を合わせた瞬間の戸惑いの様子が書かれています。子ども心にもこの人が、「お父さん」だと分かったのでしょう。緋呂子さんの父の想い出は、この時の記憶しかないそうです。

あれから50年も夫を想い続けてきた

戦争中、戦地の夫へ出す郵便には検問がかかったそうです。当時何度も書こうとした夫への思いがこの手紙に溢れています。タケさんは、この恋文を書く前、脳梗塞で倒れ、病に伏していたそうです。当初は手が思うように動かず、リハビリをがんばりながらようやく鉛筆が持てるようになるまで回復。

そんなある日、近所の郵便局で「恋文募集」のポスターを目にしました。字が書けるようになった喜びで一気に書いたのが「天国へのあなたへ」でした。

タケさん実は・・・

出典 http://www.geocities.jp

1995年2月14日の授賞式。お孫さんの百子さんが駆けつけてくれました。

秋に応募して年を越した一月のある日『百一編の中に選ばれたヨ・・・』と東京の私に母からの電話があった。『このなかから大賞に選ばれれば、アメリカ旅行が貰えるって・・・』『えー!』

『その下書きあるの?』『広告の裏に書いたけど、丸めて捨てた。それに歳をサバよんだし、人に読まれればしょしくて(恥ずかしくて)町内も歩けない・・・・』

出典 http://www.geocities.jp

本当は81歳なのに80歳だとサバ読み?お茶目で可愛い女性なんですね。

緋呂子さんたちとアメリカへ

出典 http://www.geocities.jp

ニューヨーク5番街の「マディソン郡の橋」のポスターの前で。右から2番目がタケさんです。

タケさんの恋文は、『第1回日本一心のこもった恋文』の授賞式で見事大賞を受賞。一躍スポットライトを浴びるようになりました。副賞として、二ツ井町から「マディソン郡の橋」を訪ねるペア・チケットを手に入れました。

その後、緋呂子さんの娘さん百子さんと従姉の洋子さんが加わり、4人でアメリカ旅行へ行きます。この時の旅行記を出版されています。

96歳で天寿を全う

タケさんの残された遺品の中に、祖父母が大切に保管していた桐の箱から、父の戦地からの手紙が見つかったそうです。

それは家族に宛てた200通余りの葉書と書簡、文学青年の父らしく実況さながらの臨場感あふれたものでした。歩哨に立ち、見上げる空の星星、大陸に落ちる夕陽、そして昇る太陽に感動し、詩人ならば画家ならばと故郷に思いをはせて感嘆した父。

手紙の中に私をスケッチした三歳の私宛の一枚の葉書もありました。

出典 http://www.geocities.jp

緋呂子さんは今もその手紙を大切にしています。

タケさんは宇宙船へ乗って旅立った

時代を経ても色あせない心…。それは好きな人を想う女心でしょうか。時を重ね、自分も間もなくそちらへ旅立とうとしている女心は、死への恐怖などなく、愛する人と再会できる喜びさえ感じます。

きっと今頃、天国のご主人と「きみさか町」で手をつなぎ、四季折々の公園デートを楽しんでいるのでしょうか?

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cocon☆hanna このユーザーの他の記事を見る

キャリアカウンセラーの道を目指し、資格取得後オンラインカウンセラーとしてデヴュー。WEBライターとして活動をはじめ7年になります。人に「読まれる・読ませる」ライターを目指しています☆

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