ヒラリー・クリントンの成功の影

ヒラリー・クリントンと言えば、女性政治家として、また、アメリカのクリントン元大統領夫人として知られています。たくましい女性像を世界に与えるヒラリーですが、彼女がここまで上り詰めるまでには、性差別から受けた苦い思い出が影にあったようです。

ヒラリー・クリントンとは

まず、ヒラリー・クリントンとはどんな人かをご紹介しましょう。彼女は、アメリカの政治家であり、弁護士でもあります。第67代国務長官、ニューヨーク州選出上院議員を経験。2008年の大統領選挙で、候補者の一人として奔走していた姿を覚えている方も多いのではないでしょうか。

また、第42代アメリカ合衆国大統領ビル・クリントンの妻で、アメリカ合衆国のファーストレディでもありました。

ヒラリーの幼少期

ヒラリーは幼いころから、活発なタイプで、スポーツをして過ごす子どもだったそうです。また、幼いうちから政治に関心があったそうで、一般的な女の子よりも男勝りなタイプだったのだとか。幼いときに、両親が離婚していて、寂しい子ども時代を過ごした一面もあります。

ヒラリーの夢

そんなヒラリーの夢は、「宇宙飛行士になること。」今も昔も、宇宙飛行士になって、宇宙に行って、英雄になることは、アメリカの子どもの夢として人気が高いものでした。そんな大きな夢を見る子どもの一人だったヒラリーは、思い切って、NASAに手紙を出します。

“I think I was 13 or so, and so I wrote to NASA to ask how I could become an astronaut. And I got a response back which was, ‘We’re not interested in women astronauts,’” 

(そのとき、わたしは13歳くらいだったと思います。NASAに手紙を出して、どうやったら宇宙飛行士になれるか聞いたんです。すると、NASAからは「女性宇宙飛行士には興味がない」といった返事を返されたんです。)

出典 http://www.thespacereview.com

ヒラリーは、NASAからのこんな返事にとてもがっかりしたそうです。ヒラリーが子どものときは、まだまだ女性の社会進出が遅れていて、女性に対する風当たりがきつかった時代。

普通だったら、「女だから、何したって無駄なんだ。」と落ち込んでしまわずに、弁護士となり、キャリアウーマンとしては初めてのファーストレディにまで上り詰めました。

ヒラリーから学べることは、周りから何を言われても、前に進むことを諦めなかったこと。NASAという、大きくて、社会からの認知度が高い存在から、「女性には、できる仕事とできない仕事がある。」という言葉を突きつけられても、彼女はめげませんでした。

今でこそ、時代は変わり、女性宇宙飛行士も活躍できるようになりましたが、それは、ヒラリーのように果敢に時代と戦った人の存在があるからだと思います。私たちも、そんな逆境に負けない強い人間でありたいものですね。

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企業翻訳、フリーランス翻訳、スタートアップ企業でのライター経験を経てアメーバ公式ライターへ。ネイティブレベルの英語力を活かした海外の情報収集を得意とする。

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