菊間千乃さんといえば

1995年4月アナウンサーとしてフジテレビに入社すると、『笑っていいとも!』のテレフォンアナウンサーを皮切りに、『発掘!あるある大事典』、『2時のホント』、『FNNスーパーニュース』(スポーツキャスター)などの番組を担当、一躍人気者になりました。

生放送中の事故を乗り越え復帰

1998年、リポーターを務めていためざましテレビ 「それ行け菊間」コーナーで、防災グッズを紹介体験レポー中に13メートル下に落下。全治3カ月の重傷(腰椎の圧迫骨折)を負い入院しました。翌年に復帰を果たすも、リハビリは1年に及んだといいます。

もうひとつの誕生日

命を落としてもおかしくない事故で、担当した主治医からは「生きているのが奇跡。新しくもらった命を大切にしないとダメだよ」と言われたそうです。それ以来、事故のあった9月2日を『もう1つの誕生日」として、毎年お祝いしているそうです。

フジテレビ在籍中からロースクールに入学

入社当初に「アナウンサーを10年やったら弁護士になります」と上層部にもともと報告していたという菊間さん。共演した弁護士から、社会人向けロースクールの存在を聞き、忘れていた夢を思い出したそうです。

飲酒騒動の謹慎中、弁護士になることを決意

菊間さんが合流したときには未成年タレントは既に酩酊状態でしたが、謹慎処分とバッシングを受けました。そのとき、ロースクールの恩師の「大丈夫だから」という言葉に救われた菊間さん。世界中から非難されている人の横に立ち「大丈夫ですよ。私が付いていますから」と言える弁護士が目標だそうです。

司法試験受験のためにフジテレビを退社

菊間さんがロー・スクールに入学した時代は、卒業後の5年以内に3回しか試験が受けられない規定がありました。1回目の試験では不合格。2回目の受験で見事、難関を突破しました。

毎日15時間勉強

朝6時に起きて勉強を開始。朝の8時まで自宅で勉強した後、自宅近くの図書館へ移動し、夜の11時まで勉強。帰宅後は入浴して12時に就寝という毎日を送っていたそうです。

弁護士事務所に所属し活躍

企業法務がメインの事務所に所属し、知的財産権、倒産、マスコミ関連など幅広く手がけています。古巣のフジテレビも顧問先のひとつです。

早大時代の同級生と結婚

「弁護士」という夢をかなえた後にスタートした交際は、約1年で結婚というゴールをつかむこととなりました。

強い意志がなければ出来ない転身

早稲田大学に行きたい、女子アナになりたい、弁護士になりたい。夢に見るのは簡単ですが、叶えることは簡単ではありません。これからも弱い立場の人のために活躍してくれることでしょう。

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二人の娘をもつワーキングマザーです。
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