女性は記念日を作りたがるといいますが、多くの女性がパートナーに祝ってほしがるのが誕生日でしょう。ただ、年齢を重ねるにつれて、誕生日がくる=1歳年をとるということが、だんだん素直に喜べなくなってきますよね。

「年齢とか気にするの、ワインだけでよくない?」(スピードワゴン小沢)

出典アメトーーク!

スピードワゴンの小沢さんには怒られそうですが、今回は無粋に年齢の話を。年をとる瞬間というのを、日本の法律はどう規定しているかご存知ですか?

年をとる時刻は誕生日前日

日本では、年齢計算を定める法律に従って、年をとる時刻を、誕生日前日の24時0分0秒と解釈しています(時刻としては、誕生日当日の0時0分0秒と同じ時刻ですが、所属する日の違いがあります)。

明治三十五年法律第五十号(年齢計算ニ関スル法律)

(明治三十五年十二月二日法律第五十号)

1 年齢ハ出生ノ日ヨリ之ヲ起算ス

2 民法第百四十三条 ノ規定ハ年齢ノ計算ニ之ヲ準用ス

3 明治六年第三十六号布告ハ之ヲ廃止ス

出典 http://law.e-gov.go.jp

この「年齢計算ニ関スル法律」は、民法の附属法の一つに位置付けられるものです。明治35年(1902)にできた法律が、未だに使われているんですね。第二項にある「民法第143条」とは次の通りです。

民法(明治二十九年四月二十七日法律第八十九号)「第百四十三条」

(暦による期間の計算)

百四十三条 週、月又は年によって期間を定めたときは、その期間は、暦に従って計算する。 2週、月又は年の初めから期間を起算しないときは、その期間は、最後の週、月又は年においてその起算日に応当する日の前日に満了する。ただし、月又は年によって期間を定めた場合において、最後の月に応当する日がないときは、その月の末日に満了する。

出典 http://law.e-gov.go.jp

民法143条によれば、期間計算において「起算日(数えはじめる日)」は、初日を省いて翌日とするのが原則なので、結果的に1年間の満了は翌年の初日と同月同日になります。
しかしながら、「年齢計算ニ関スル法律」によって、例外的に年齢計算では出生日を起算日とすることにしました。

この関係で1年間の満了も1日前倒しされ、年を取る日は誕生日の前日(の24時0分0秒)ということになるのです。なので、誕生日前日が終わった瞬間(=誕生日当日が始まった瞬間)にLINEやメールでメッセージを送るのは、法律上も正しい、ということになります。

年齢規定のある法令は多くあります。少年法第2条第1項は「『少年』とは、二十歳に満たない者をいい、『成年』とは、満二十歳以上の者をいう」と規定していて、これも誕生日前日が終わった瞬間(=誕生日当日が始まった瞬間)に20歳となります。

これだと、24時まではだめだけど24時になった瞬間からタバコやお酒がOK、ということになるんでしょう。(「24時までは飲みませんから」と言ったら、居酒屋さんは入れてくれるんでしょうかね?)

国により時代により「年のとり方」は違っていた!

ところがこの、我々にとっては常識となっている「年のとり方」、全世界に共通というわけではありません。世界には、誕生日がきても年をとらない国があるのです。それはお隣の韓国。韓国では、満年齢ではなく数え年で年齢を表すことが民間で広く行われています。

数え年の考え方では、生まれた瞬間を1歳とし、次の1月1日に2歳となります。その後も1月1日がくるごとに年齢を重ねることになるのです。(極端な例だと、12月31日生まれの赤ちゃんは、生まれた日に1歳、翌日に2歳ということになります)

また、中国でも公的な場では数え年が廃止されましたが、数え年を使う習慣は農村部を中心に残っているようです。なので、中国や韓国からの留学生の友人に「日本にくると1年若くなって嬉しい」と言われることがありました。逆に日本の満年齢に慣れていると、数え年を使っている自国に戻ったときに悲しい気持ちになるそうですけど…。

日本でも誕生日で年をとるようになったのは戦後から

実は、中国や韓国と同様、日本でも数え年がずっと使われていました。明治35年(1902)の「年齢計算ニ関スル法律」が施行され、公的には満年齢を使わなくてはならなくなったのに、数え年の習慣はなかなか改まりませんでした。つまり日本人は全員、1月1日に一緒に年をとっていたのです。

昭和24年(1949)法律第九十六号「年齢のとなえ方に関する法律」が公布され、数え年による年齢の数え方を改めて、満年齢計算法が法律で決められました。施行は昭和25年(1950)1月1日。私たちは誕生日で年をとるのが当たり前だと思っていますが、日本の長い歴史からみると、たかだか60年ほどの慣習ということになりますね。

彼女の誕生日をいちいち祝うのなんてめんどくさい、と考える男性は、1月1日に国民全員が年を重ねるかつての慣習の方が楽だと思うかもしれませんけど。

年齢のとなえ方に関する法律(昭和二十四年五月二十四日法律第九十六号)

第1項 この法律施行の日以後、国民は、年齢を数え年によつて言い表わす従来のならわしを改めて、年齢計算に関する法律(明治35年法律第50号)の規定により算定した年数(一年に達しないときは、月数)によつてこれを言い表わすのを常とするように心がけなければならない。

第2項 この法律施行の日以後、国又は地方公共団体の機関が年齢を言い表わす場合においては、当該機関は、前項に規定する年数又は月数によつてこれを言い表わさなければならない。但し、特にやむを得ない事由により数え年によつて年齢を言い表わす場合においては、特にその旨を明示しなければならない。

附則(抄) 第1項 この法律は、昭和二十五年一月一日から施行する。第2項 政府は、国民一般がこの法律の趣旨を理解し、且つ、これを励行するよう特に積極的な指導を行わなければならない。

出典 http://law.e-gov.go.jp

かつて大正生まれの祖母が、孫の私の年齢を、「満で5歳」などと説明していたのが子供心に不思議だったのですが、祖母にとっては数え年の捉え方の方が慣れていたということなんでしょうね。

現在でも数え年の年齢の捉え方は、仏教や神道での享年、あるいは厄年に残っています。

年をとることを嘆くのは千年前も今も同じ

歌奉れと仰せられし時に、詠みて奉れる、紀貫之

行く年の惜しくもあるかな ます鏡見る影さへに暮れぬと思へば

出典古今和歌集・342

去り行く年が惜しいことだよ。鏡に映る自分の姿までも暮れになる、つまり老いたと思うと。

平安時代に編纂された『古今和歌集』は、全20巻の6巻を使い、季節の移り変わりを和歌で表現しています。この紀貫之の歌は、和歌で表現された一年の最後、年の暮れに置かれたもの。

行く年を惜しみ、暮れに鏡に映るわが身の老いを嘆いているのは、年が明けて1月1日になると、また1歳年をとってしまうからです。鏡をのぞき、ハリの失われた肌を見て、

誕生日が来るとまた1歳年をとってしまう、と嘆く現代人と気持ちは全く同じ。貫之のため息が、千年の時を超えて聞こえてきそうです。

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日本古典文学の研究をしながら、高校の非常勤講師(国語)の仕事をしています。
趣味は読書(年間100冊読むのが目標!)と、プロレス観戦。
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