先日、結婚のニュースが話題となった女優の米倉涼子さん。プライベートはもちろん、仕事でも『黒革の手帖』や『ドクターX〜外科医・大門未知子〜』など主演ドラマは軒並みヒット本場ブロードウェイ『CHICAGO』でも主演を務めるなど、目を見張るような快進撃を続けています。

女優としてもひとりの女性としても、まさに“順風満帆”な人生に見えますが、その輝かしい成功の裏には彼女のただならぬ覚悟と努力がありました。

バレエを通して培った“強さ”

出典 https://www.youtube.com

こちらは米倉涼子さんが『はなまるマーケット』に出演された時に披露した、バレエのコンクールでの写真。まだ少女ながら、透き通るような肌の白さと手足がスラリと伸びたプロポーションには、早くも彼女の美貌が認められます。

4歳でモダンバレエ、5歳でクラシックバレエを始めたという彼女、

「小学校くらいの時は週3回くらいでしたけど、コンクール出るくらいになってからは休みも休日も特になくて夏休みなんかは毎日ですね」

「みんな周りがやってるから、それが当たり前だと思ってるし」

と話すほど、バレエに明け暮れた毎日だったようです。浮き沈みの激しい芸能界に入っても、見事トップの座に上り詰めることが出来たのは、このように幼少時代から培った“プロ根性”があったからかもしれません。

そんな米倉涼子さんの“プロ根性”が分かるエピソードがひとつ。

この写真、バレエを経験したことのない私たちにとっては、とっても美しいショットに見えますよね?番組中に、この写真を見た米倉涼子さんの反応がこちら。

「ヘタクソ~~!!って感じですよねぇ(笑)」

これに対して、番組MCの薬丸裕英さんが「どこがヘタクソなんですか?」と尋ねると

「手はぐわーって上がってるし、腰は開いてるし、つま先はひっくり返ってる、膝もひっくり返ってそっちゃってる。ひどいもんですよ、これ」と一蹴。

「やっぱりこれじゃあ、私はダメだったんだなっていうのを今見ると思います」

と、あくまで厳しい視点で自分自身の過去を振り返りました。幼い頃の自分にすら改善点を見出すストイックさがあるからこそ、プロとして“より良いもの”を作っていくモチベーションも生まれるのかもしれません。

モデルとして人気絶頂の1999年に「女優宣言」

1992年、「第回全日本国民的美少女コンテスト」で審査員特別賞を受賞したことをきっかけに、翌年の93年にモデルデビューを果たした米倉涼子さん。95年には『Cancam』専属モデルとしての活動を開始し表紙を飾るなど、見事トップモデルの座を獲得しました。

ところが1999年に、突然モデルから女優へと転身する旨、大々的に宣言をします。

「商品とか洋服をきれいに見せつつ自分をアピールすることが器用にできなかった。自分の気持ちと、その表現の仕方がもっと自由だったらいい、それはここ(=モデルの仕事)じゃないと思った。(省略)」

出典 http://www.zakzak.co.jp

「自分はモデルに向いていない」。そんな思いを出発点として、女優への転身を決意した米倉涼子さん。敢えて自分を追いたてるように“女優宣言”をするまでには、相当な思いと覚悟があったはずです。

そんな当時の決意を以下のように振り返りました。

「女優業にも、もちろん絶え間ない努力が必要ですが、その分の達成感も感じられる。やって良かったと思っています」

出典 http://www.zakzak.co.jp

「(前略)人生においては、モデルから女優になった時が一番の分岐点でしょうね」

出典 http://news.livedoor.com

後から思い返してみても、モデルから女優への転身は人生での大きなターニングポイントだったようです。今や私たちが「米倉涼子」と聞いて真っ先に思い描く“女優”としての姿は、ここから始まったのでした。

『黒革の手帖』がヒット、“視聴率女王”と呼ばれるまで

出典 http://woman.mynavi.jp

とは言え、女優に転身してからは決して“とんとん拍子”ではなかったようです。

「全然、華麗でもないんですよ、本当に。初めのうちは(スタジオなどの)端っこの方で何をしていいかわからずにやっていました。

(中略)

とにかく(転身は)そんなに簡単ではなかったですね」

出典 http://www.zakzak.co.jp

女優として求められているものが分からず、手探りの日々。そんな彼女に、間もなく女優人生の転機が訪れます。それは、ある一人の俳優との出会いでした。

始めて間もないころに影響を受けた先輩が、2001年のドラマ「非婚家族」で共演した真田広之(53)だ。

「真田さんは小さいころから芝居をやってきたキャリアもありながら、今、目の前にある1つ1つのことにすごく真剣。いい意味でねちっこい。こういう方が本職、本物なのかな、と心に響きました」

出典 http://www.zakzak.co.jp

真田広之さんとの出会いによって、女優としての才にますます磨きがかかった米倉涼子さん。多くの作品で主演を務めたあと、ついに“代表作”と呼ぶべき作品に巡り合います。

多くの主演をこなした後、悪女役に挑んだ松本清張原作ドラマ3部作シリーズで開花。殻を破った感を印象づけ、そのころから視聴率女優とも呼ばれ始めた。

出典 http://www.zakzak.co.jp

米倉さんの代表作にもなった松本清張3部作、『黒革の手帖』、『松本清張 けものみち』、『松本清張 わるいやつら』では悪女役を演じて役柄を広げ、2006年秋には『黒革の手帖』の舞台版で本人念願の舞台を公演しています。

出典 http://jyouhou-sokoshri1.com

『黒革の手帖』で見せた、強くしたたかに生きる悪女役は瞬く間に大きな反響を呼び、米倉涼子さんの女優としての地位を不動のものにしました。そしてその後も、自身の強みでもある“強い女性”としてのイメージを確立していきます。

トップモデルから俳優に転身して15年、いま、視聴率の女王とも呼ばれる。1億2千万円を横領して銀座のクラブのママにのぼりつめる元銀行員、敏腕の外科医など、当たり役は、強い女性。チャンスを勝ちとり、結果を出してきた。

出典 http://www.asahi.com

銀座クラブのママに腕利きの外科医、犯罪に立ち向かうネゴシエーター……すっかりそんな“強い女性”としてのイメージが定着した彼女ですが、その裏には当然、女優としてのプレッシャーもあるようです。

「逃げたくなることはいつもです。早く2番手をやりたい、とか…。でも、今の状況があるのは自分だけの力ではない。周りのおかげ。本当にありがたいことで、感謝しないといけない。だから、主演ドラマを演じさせていただくことは使命だと思っています。つらいと思うこともありますが、どんな仕事をしている人もつらさを抱えているはずですから」

出典 http://www.zakzak.co.jp

“強い”ことは“痛みを感じない”ことではありません。痛みを感じたうえでそれらを抱え、さらなるアクションを起こしていくことなのだと気づかされる発言ですよね。

ついに、本場ブロードウェイ『CHICAGO』で主役の座に

出典 http://chicagothemusical.jp

『CHICAGO』は1975年以来の初演以来、繰り返し上演されてきた人気作品。ブロードウェイ史上では『オペラ座の怪人』や『キャッツ』に続き第3位のロングラン公演の記録を誇ります。

そんな超有名ミュージカル作品の主役の座を、米倉涼子さんは見事に射止めました。

女優の米倉涼子が10日(現地時間)、アメリカ・ニューヨークのアンバサダー劇場でロングラン公演中のミュージカル『CHICAGO』に主演し、ブロードウェイデビューを果たした。

出典 http://www.excite.co.jp

日本人がアジア系以外のアメリカ人の役柄を演じることはブロードウェイ史上初となり、日本人女優がブロードウェイのロングランミュージカルに主演することも史上初となった。

米倉は1年半以上かけて英語を猛特訓していたが、初日の舞台では、英語での演技が初挑戦とは思えないほど流暢なせりふ回しと発音で、2時間半の舞台で生き生きとエネルギーに満ちたパフォーマンスを見せた。

出典 http://www.excite.co.jp

と、マスコミが絶賛するほどの成功っぷりを収めた米倉涼子さんのブロードウェイ主演。“大抜擢”のように思えますが、実はそもそも実現に至ったのは米倉涼子さん本人の売り込みがあってこそ。

歴史的に名高いミュージカル『CHICAGO』の主演を務めるにあたってのご本人の心境は、いかがなものだったのでしょうか?というか、そもそも売り込もうと思った理由はなんだったのでしょうか?

自ら売り込んで獲りにいった“主役の座”

「10年の再演のとき、ブロードウェーで活躍する米国人女優が、一部だけ日本語で演じていたんです。だったら、『逆もある、わたしにもチャンスがある』と思いました」

出典 http://www.asahi.com

「『米国人役の主演をやり遂げる日本人の私はかっこいいぞ』というビジョンだけが、私のモチベーションでした。これまでの人生で最大の挑戦でした」

出典 http://www.asahi.com

“人生最大の挑戦”。そう語る米倉涼子さんは、会見で以下のように舞台にかける想いを語りました。

「舞台との出会いというのは、自分の人生においてどういう意味を持ちましたか?」という記者の質問に対して。

「ダイアモンドみたいなものだと思います。」

「じゃあまだまだ磨きます?」

「磨きますよ~~!!まだまだですよ!まだ泥かぶってます(笑)」


と、成功を収めたあとでも、どこまでも謙虚な態度。

どんなドレスでも着こなしてしまう美貌や、一流女優としての華々しいキャリアなど、米倉涼子さんは私たちが憧れる“沢山のもの”を有しているように見えます。しかし、彼女の本当の魅力は、どんな壁にも立ち向かっていくストイックな姿勢にあるのではないでしょうか。

そんな彼女が今までの人生で築き上げてきたポリシーが垣間見える言葉を抜粋しました。

努力するのは当たり前、欠かせないものは「希望を口にすること」。

出典 http://news.livedoor.com

挑戦するなら新しいものを、新しいハードルを越えていきたいって思ったりもして。

出典 http://www.tokyoheadline.com

「私が頑張れるのは、自分に自信がないからです。小さいときから、本当に自信がなくて、『私ってすごい』なんて一度も思ったことがない。そんな自分を克服したいから、頑張れるのだと思います。」

出典 http://xbrand.yahoo.co.jp

自信がないから、頑張れる。

その言葉には、米倉涼子さんの“強い女性”像からは普段私たちが知ることのない、意外な素顔が表れていました。弱点を見つめ、強みに変えていくその真摯な態度とバイタリティこそ、彼女が“一流女優”たる由縁かもしれません。

その一方で、ラブシーンは苦手?

出典 http://www.tokyoheadline.com

女優としての潔い覚悟を見せる米倉涼子さん。“強い女性”の看板を担う姿からは想像しづらいのですが、それだけに、かえって不得意なこともあるようで……。

米倉は「ラブシーンやれないんですよ、私」と語り、芝居とはいえ、好きでもない人とそういうことをやるのが嫌だと語った。

出典 http://jp.news.gree.net

「蹴落として這い上がっていく役が多かったので、気恥ずかしい」と語る米倉は、デビュー当初こそキスシーンもこなしていたというが、「いつの間にか、チューしない女優になりました」と自嘲気味に語るのだった。

出典 http://jp.news.gree.net

と、意外な弱点を吐露。こんなさばけたトークも、米倉涼子さんの魅力のひとつです。

目の前にあるものに、全身全霊をかけて取り組む米倉涼子さん。そのストイックな姿勢の出所は、意外にも「自信のなさ」でした。彼女が作り上げた“強い女性”――それは決して完全無欠を誇るものではなく、自身の弱さを自覚した上に成り立つものだからこそ、米倉涼子さんのヒロイン像は私たちの心をとらえ続けて離さないのではないでしょうか。

この記事を書いたユーザー

うらら このユーザーの他の記事を見る

ネットを中心に執筆活動をしております、うららと申します。ネットやテレビで話題になっていることを独自の観点で(?)まとめていますので、楽しんでいただけると幸いです。

権利侵害申告はこちら

Spotlightのライターなら1記事最大3000円もらえる!日本最大級メディアでライターデビューのチャンス